せっかくの休日だというのに、目が覚めたのは午前六時だった。二度寝をしようにも、何故だかすっかり目が冴えてしまっていて、まるで眠れる気配がない。これはもう、潔く起きて活動を始めよう。しばらく掃除も適当だったし、冷蔵庫も空に近かった気がする、なんて考えながら上体を起こして、ようやく隣が空っぽなことに気付く。今日はオフだと言っていた気がするけど、と不思議に思ってリビングへ向かうと、頭を抱えて丸まった背中が目に入った。
「簓、寝てなかったん?」
「あ、名前、おはよう?えらい早いなぁ」
質問には答えず、簓は振り返って微笑む。しかしその顔はすっかり疲れ切っていて、やっぱり寝てないなと確信した。
「こんな早起きして、今日何かあるん?」
「いや、なんか目ぇ覚めてしもて……」
近寄ってみると、テーブルの上は大惨事だった。最初に目についたのはノートパソコンだったが、それすら覆い隠すように広げられた無数の紙と本。私がわずかに顔を顰めたのに気付いたのか、簓は「あー……」と苦笑して、
「アンケートとかコラムとか溜め込んでてな」
「いや、溜め込みすぎやろ……」
オフといいつつ相変わらず仕事に追われる簓に少し同情しつつ、ふと視線をずらすと、空になったマグカップが目に入った。底の茶色い円は、コーヒーの跡だろうか。自分も飲むついでに一杯淹れてあげようか、と思いキッチンへ足を向けると、簓もまた執筆活動に戻ったようだった。
お湯が沸くのを待つ間に朝食の用意をして、時折ちらりと簓のほうに視線をやると、相変わらず丸まった背中。何にそんなに行き詰っているのかは分からないが、徹夜明けの頭では書けるものも書けないだろうに。
食べたら眠くなってしまうかな、と思って、とりあえず簓にはコーヒーだけ。欲しいと言われたらまた作ろう。新しいマグカップに淹れたコーヒーと自分の朝食を持ってテーブルに近付く。すっかりコーヒー渋が染みついてしまったであろうマグカップを下げて、代わりにほこほこと湯気の立つ新しいそれを置いてやると、簓はパァと嬉しそうな顔をして、それから少し驚いたようにこちらを見上げた。
「……え、なんでコーヒー飲みたいて分かったん」
それを聞いて今度はこちらが驚く、というか、呆れる番だ。
「いや、知らんよ、ついでやん」
起きてきて、とりあえずコーヒーを淹れるから、自分の分のついでに淹れてやるのがそんなに驚くことか。むしろここでひとりで飲みだすほうが人としてヤバくない?と思うのだが、徹夜明けの頭ではそんなことも考えられないのだろうか。ともかく、簓が今コーヒーを欲しているか否かなんて知ったこっちゃない。
「以心伝心やん……」
「……えっ、これツッコまなアカンやつ?」
マグカップを両手で包み込み、幸せそうな顔で呟く簓は本気なのかボケているのかよく分からない。
付き合っても仕方がないか、と勝手に結論を出し向かいの椅子に腰を下ろした。私のコーヒーとトーストが冷めてしまう。
「簓はご飯いる?食べたら眠くならへん?」
「絶対眠なる……終わってからにするわ……」
先程までの幸せそうなオーラはどこへやら、どよんと顔を曇らせて簓は答える。これは相当追い詰められているようだ。しかし、返事に詰まって「そう……」とだけ返す私と目が合うと、また少し嬉しそうな顔をする。
「……なに?」
「いや、名前はホンマに俺のこと分かってるなぁって」
分かってるも何も、割と誰でも予想できることだと思うが……本当に頭が回っていないのか、簓はいつにもましてふわふわしている。まあ、楽しそうだからいいか、と思い適当に相槌を打っていると、簓は唐突に満面の笑みを浮かべて、
「なんや新婚さんみたいやなぁ、結婚する?」
「なッ」
思わず口に含んでいたコーヒーを噴き出しそうになって、ゲホゲホと咽せ込みながら胸元を叩いていると、不意にすうすうと穏やかな音が聞こえてくる。ようやく落ち着いて顔を上げたときには、簓はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
「な、何やねんコイツ……!」
照れと驚きと怒りで真っ赤な私のことなんて気にも留めず、幸せそうにすやすやと寝入っているその顔を睨みつけるも、すぐになんだか馬鹿らしくなってしまって、
「……ちゃんと起きてるときに言うてよ」
若緑の髪から覗く耳に、そっと囁いた。
Fin.