貴重なオフだというのに、簓はいつも睡眠もそこそこに、私を梅田だなんばだ天王寺だと連れ出す。もちろん、普段ゆっくり買い物なんてできないから、そういう用事をまとめて片付けるという目的もあるのだが、
「見てぇな、これ!何回見てもテンション上がるなぁ」
「いや、うん、アンタだけやで」
一度出掛けると、簓は必ずお気に入りのチェーンの喫茶店へ寄って帰る。
簓のお気に入りのそこは、入口前の常設のメニューの隣に、デカデカとクリームソーダの看板を立てている。鮮やかな四色を前に簓はいつも目をキラキラさせて「今日はどれにしよー」と言うのだが、二回に一回はノーマルな緑のそれを選んでいるので、別にこの店じゃなくてもよくない……?と思っているが口には出さないでおく。
毎度毎度付き合わされる私もすっかりメニューを覚えてしまって、何も見ずとも注文ができるようになってしまった。いつものコーヒーか、紅茶も美味しいんだよね、でも、今日はもう少し甘いものが欲しい気分で、
「私も今日はクリームソーダにしよかな」
先に出されたお冷を一口飲み込んで、ぽつりと言うと、簓は一瞬きょとんとしたあとパァと顔を輝かせた。
「ホンマに!?どれにする!?やっぱメロンは安定やけど、こっちも美味しくて、」
「あー、簓の好きなんにしてえぇよ、ちょっと飲むやろ」
そう言うと簓は元気に「飲む!」と答える。先日、小学生の甥っ子と遊んだときのことをつい思い出してしまった。
しかし、簓は一応立派な成人男性なので。自分で店員さんを呼び、色違いのクリームソーダを注文していた。結局何を注文したのか、色と商品名が一致していない私には確認しきれなかった。
「なんで急にクリームソーダなん?」
沈黙に少しボーッとしていると、簓が口を開く。
「毎回毎回見せられてたら、こっちもたまには飲みたなるわ」
いつもメニューを見る簓があまりに嬉しそうだから、それはそんなに美味しいものだったか、と時々確かめたくなる。そりゃ、まぁ、美味しいは美味しいんだけど。簓のリアクションのおかげで上がりに上がったハードルはなかなか越えられなかった。
「そうかぁ」
「そうかぁ、ってなぁ、こんだけ連れ回しといて……」
「えっ、嫌なん?」
別に、嫌とまでは言ってないけど、と答えようとすると、その前に簓が続けて言う。
「俺はな、クリームソーダも好きやけど、名前とこうやって喫茶店で何でもない話すんのが好きやねん」
糸のような目をいっそう細めて、頬は薄っすらとピンクに染めて、心の底から嬉しそうに簓は言う。画面の向こうで見せるそれとは少し違う、私しか知らない簓の顔。
「……それは、嬉しいけど。貴重な休みなんやから、もうちょっと休んでほしいわ」
私がそう呟くと同時に、店員さんがやってきて大きなグラスをふたつ置いていく。緑と……薄いオレンジ。簓は緑色のほうのグラスを手に取り掲げ、
「俺クラスになるとこれで栄養補給できるから大丈夫やねん」
「何をアホなこと言うてんねん、心配したってんのに」
オレンジのほうが私の分かと手を伸ばすと、簓はそれをじっと見て、
「綺麗やろ」
「え?あぁ、せやね、綺麗なオレンジ」
「俺の色や」
こっちも、と自分の緑のグラスも掲げながら顔を綻ばせる。
「俺やなくて、チームの色やろ、独り占めすな」
「そんな細かいことはえぇやん」
口を動かしながらも手際よくストローの袋を開け、自分の分と私の分にサクサクと刺していくと、簓はそのまま私のグラスを奪いストローに口をつけた。
「……いや、飲むやろとは言ったけど、一口目から行くか」
「じゃあ、このシャリシャリのとこやるわ」
「そこ等価なん?」
バニラアイスとメロンソーダの境、シャーベットのようになったそこは、クリームソーダのメインディッシュでは?
指摘するも簓はお構いなしで、“シャリシャリのとこ”を掻き集めたロングスプーンをこちらに伸ばしてきたので、素直に口を開けた。まだお冷しか飲んでいなかった口には少々刺激の強い冷たさに、わずかに声を漏らすと「エロい声出さんとってぇなぁ」と言われ真顔になる。
「美味い?」
「そりゃ、一番美味しいとこやん」
「ここ嫌いな人間はおらんからな」
……それは知らんけど。
簓は再びシャリシャリのところを集め、今度は自分の口へ運ぶ。
「んー、美味いなぁ」
幸せそうな簓の顔を見ながら、オレンジ色のグラスに手を伸ばし、ストローに口をつける。グレープフルーツの味がした。
「さっきの話なんやけど」
どう食べ進めたものかとロングスプーンでバニラアイスをつついていると、簓が口を開く。
「さっき?」
「心配してくれてるんちゃうんかい」
「あぁ、その話?心配してるよ、最近ますます忙しいやろ」
「おかげさまでなぁ。せやから、最近名前と全然会われへんやん」
芸人という不安定な職業なのだから、仕事があることは素直にありがたがってほしいものだが、そうやって言われると、否定できない私がいるのもまた事実で。
「そんな貴重な休日に、家でひとりで寝とけーとか寂しいこと言わんといたって」
その気持ちは痛いほど分かるので、何も言い返せずにいると「ま、名前が添い寝しにきてくれるんやったら考えるけど」と付け足され(それ絶対寝えへんやつやろ)と思った。
「気持ちは分かるし、嬉しいけど、無理だけは絶対にせんといてや。そんな言うんやったら家行くし……」
「大丈夫、大丈夫!それに、こうやって名前と一緒におんのが、一番の息抜きやからな」
簓の言葉が嘘偽りのない本心だということは、長い付き合いだし分かっているけれども、それはあくまで精神的な話で、肉体的な疲労は取れてないんじゃないかとか、やはり心配の種は尽きない。それが顔に出ていたのか、簓は苦笑する。
「まぁまぁ恥ずかしいこと言うてるんやし、もうちょい照れるとかしてほしいわぁ……」
「簓、」
「もー、ホンマに大丈夫やって!無理やったらちゃんと言う!」
眉を下げて、困ったように笑う。言いながら、簓は自分のスプーンでバニラアイスを一口掬い、私のほうへ伸ばしてくる。
「甘いもん食べたら笑顔になるやろ、笑顔の名前チャンのほうが疲労に効くで」
「ふふ、何やそれ、しかも芸人やのに甘いもん頼りなんかい」
「名前の前では芸人の簓サン休みやねん」
今は名前の恋人の簓サン、そんな台詞を聞きながら食べさせられるバニラアイスは、自分のそれより何倍も甘ったるかった。
Fin.