Amor

泊まりがけのロケを終え、三日ぶりに我が家へ帰ってきたときには、深夜一時を過ぎていた。しばらく繁忙期だと言っていた名前が起きているはずがないとは、頭では分かっているが、少しばかり期待してしまう自分もいて。

……まあ、普通に寝てるわな。スタンドライトの明かりだけを頼りに、そっとベッドを覗き込む。寝てしまっていたのは寂しいが、穏やかな寝顔は十分に疲れを癒やしてくれた。
食事は移動中に済ませていたので、さっとシャワーを浴びて寝室へ戻った。シーツも掛け布団も、ホテルみたいにピンと整えられている。しばらく家を空けたから、その間に洗濯でもしてくれたのだろうが、もしかしたら、俺以外の誰かが使用した痕跡を隠すため――なんて、名前に限ってそんなことはあるはずがない。しかし、こんなに魅力的で愛らしい名前であるから、彼女にその気がなくても寄ってくるしょうもない虫はいくらでもいるのではないかと、時折そんなことを思ってしまう。

……いっそさっさと結婚でもして、俺のモンやと、堂々と言えたらええのに。己のそんな汚い感情からは目を逸らして、おもむろに布団に潜り込む。

「……ぬくい?」

ひやりとした感触を覚悟して片足を突っ込んだ布団の中は、微かに温かかった。更に奥へ足を伸ばしてみると、ちょんと、爪先に硬いものが触れる。それがじわじわと熱を放っていた。
一旦足を抜いて、今度は腕を突っ込んで取り出したその熱源は、布に包まれた丸いもの――名前が愛用している湯たんぽだ。一緒に住みはじめてから買ったもので、俺はいらないと言ったし、予備はなかったはずだが……まさか自分で使うのを我慢して、俺の布団に入れておいてくれたのか。
そんなことをしていると、不意に名前が目を覚まして、眠たそうに目を擦りながらこちらを見上げる。

「……あ、ささら……おかえり」

本当に見えているのか怪しいような細い目で俺の姿を確認すると、名前は嬉しそうに顔を綻ばせた。ひさしぶりや、と舌っ足らずに呟くのが、どうにも愛おしくて堪らなくなって、

「ただいま」

無防備に晒されていた額にちゅ、と唇を落としてみても、特に何の抵抗もされず、むしろ少し喜んだように見えたのは、俺の都合のいい妄想だろうか。

「名前、湯たんぽ貸してくれたん?」

「ん……今日寒いってテレビで言うてたから」

寒いのは名前も一緒やろ、と口にする前に「簓、疲れて帰ってくるやろから、すぐ寝れるように」と続けられて、胸がぎゅっとなった。

「……今日一緒に寝てええ?」

「なんでぇ?せっかく温めたのに」

むす、と唇を尖らせたのは無視して、名前の布団に潜り込んだ。湯たんぽなんかよりよほど温かい。名前は外気に触れていた俺の身体を「冷たい!」と言って不満げだったが。

「今日布団も温かいのに替えたったのに……」

……なるほど、だからやたら綺麗にベッドが整えてあったのか。

「そらおおきに」

「感謝するなら使(つこ)てよー……」

そう言いながらも、俺が抱き締めれはおずおずと小さな手を背中に回してくる。眼前にある頭頂部からは嗅ぎ慣れたシャンプーの香りがして、帰ってきたんやなぁ、なんて思う。

「俺がおらんくて寂しかった?」

「ん……」

胸元からくぐもった声でそんな返事が聞こえる。いつもなら少し頬を染めながらも「調子乗んな」なんて可愛くない返事が聞こえてくるところだが、寝ぼけているのかずいぶん素直だ。

「明日は休みやから、ずっと一緒におろな」

「……アホ、私は仕事……」

睡魔が再び迫ってきているのか、名前の声が途切れた。しばらくすると、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。
この状態でよう寝るなあ、なんて思いながら少し腕に力を込めてみると「んん……」と抗議の声が上がった。

「……ホンマ俺のこと好きやんなあ」

言われてみれば、出ていった日より分厚くなった布団を横目に眺めながら、ぽつりと呟く。たとえ一瞬でも疑った俺の、なんと愚かなことか。

「でも、しゃーないわな、俺のほうがもっと名前のこと好きやし」

名前が完全に眠ってしまったのをいいことに、「愛してるで」と耳元で囁いた。

Fin.

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