いつも夜遅い簓が珍しく夕方に帰ってきたかと思ったら、リビングの扉を潜るなり「名前ー!」と元気いっぱい飛びついてきた。
「おかえり、えらい早いな」
「俺が優秀やから早よ終わったわ」
「予定通りやろ、昨日言うてたやん」
「じゃあなんで早いなとか言うん!」
ソファーで雑誌を読んでいた私にのしかかるようにして甘えてくるのを押しのけて、なんとか身体を起こすと、ふとその手に下げられた紙袋が目に止まる。
「それ何?」
「お、目敏いなぁ、さっき偉い人に貰てん」
その紙袋には見覚えがあった。ウメダのどこかの百貨店に入っているお菓子屋さんのものだ。いつか職場で分けてもらって、とても美味しかったのを覚えていた。
「あれ、知ってるん?」
「知ってる!めっちゃ美味しいやつ!」
つい勢いよく食いついてしまったが、簓は少しも気にする様子はなく、むしろまるで自分のことのように嬉しそうだった。
「ほな飯までまだ時間あるし今食う?」
「じゃあお茶淹れてくるから簓は着替えてき」
そう言うと簓は素直に寝室へ向かっていった。私も台所へ向かう前に、ちらりと紙袋の中身を覗く。職場で食べさせてもらったときと同じ、いちごとチョコのクリームサンドだ。
甘いお菓子に合うよう少し濃い目に入れたストレートティーをテーブルに並べていると、しっかり部屋着に着替えた簓が戻ってきた。
「ありがとうな」
「ん、お疲れ様」
マグカップに紅茶を注いでいると、簓はいそいそと箱の中を覗き込み「美味そー」と目を輝かせた。そういえば、簓も私に負けじと劣らず甘党だ。
「これ、いちごとチョコ?名前どっちがええ?」
「簓が貰てきたんやから簓が先選びいや」
「えー、どないしよ」
困ったように眉を下げながらもその様子は楽しげで、うんうん唸りながらも時折嬉しそうにこちらを見上げた。
「名前、これ食べたことあるんやんな?」
ふと尋ねられたそれに頷いてみせると、簓は続けて
「どっちが美味かった?」
「んー……チョコかなあ」
そう答えると、簓は「じゃあ俺いちご」と言って、その言葉通りいちごのほうを手に取り、小皿に移す間もなくぱくりとかじりついた。
「なんで訊いたん……」
呆れたような私の声は気にも留めず、簓は嬉しそうにクリームサンドを頬張っていた。
とりあえず私もご相伴に与ろうと手を伸ばして、ふと気付く。
(……チョコが残ってる)
私が、美味しいって言ったほう。簓の行動の意味に気付いて、嬉しいやら気恥ずかしいやらで頬に熱が集まった。
……私だって簓に美味しいほう食べてほしいのに。そりゃ、いちごだって美味しいけど。
けれど、私がそう思うように、簓もきっと同じことを考えたのだと思うと文句は言えなかった。
「……名前?」
あんなに嬉しそうにしてたはずの私が急に黙り込んでしまったからか、簓が不思議そうにこちらを覗き込んだ。難しい顔をしたままクリームサンドを差し出して「……一口あげる」と言うと、
「……そんな嫌やったら無理せんでええよ?」
「無理してるんちゃうし」
様子のおかしな私に戸惑いながらも、簓は差し出したクリームサンドにおそるおそるかじりついた。その瞬間、ぱあと顔を輝かせて「うまっ」と声を上げる。それから当然のように私にもいちごのクリームサンドを差し出してくるから、口を大きく開けて遠慮なくかじりついてやった。
「一口でかっ!俺のなくなるやん!」
「ん」
口いっぱいに頬張ってしまったのを咀嚼しながら再び私のぶんを差し出すと、簓は負けじと大きな口を開けてかじりつき、したり顔でこちらを見た。思わず噴き出しそうになるのを堪えて微笑むと、簓も楽しそうに口角を上げる。
前に食べたときは絶対チョコのほうが美味しいと思ったのに、今日はなんだか簓に貰ったいちごのほうが美味しかった。
Fin.