熱帯

「……天神祭?」

ええけど、という盧笙の言葉が信じられず、私は勢いよく顔を上げた。

「ホンマに!?」

「や、学校の方で見回りせなあかんかったからな。ひとりもふたりも一緒やろ」

「……そういうことちゃうやん」

なんだ、そういう理由か。何かと学校行事で忙しい盧笙が、珍しくすんなりOKを出したと思ったら。
不満を思いっきり顔に浮かべていると、盧笙は一瞬目を丸くして、それからふっと笑みをこぼした。

「デートやで?」

「へ、」

「見回り言うても、そんな気ぃ張りっぱなしにせなあかんわけやないし、最初と最後だけちゃんとしとったらええやろ」

読んでいた資料にすんと目を落として何食わぬ顔で盧笙は言ったけれど、真っ赤な耳が丸見えだった。

* * *


夏休みとはいえ普通に仕事がある盧笙とは最寄り駅で待ち合わせをして、お祭りの当日。ネットで調べて見様見真似でなんとか着付けた浴衣は、なんだか心許ない。まさか脱げやしないだろうけど。
電車の中は、同じく浴衣を着た人がちらほらといて、会場に近づくにつれその数はどんどん増えていく。最寄り駅ではどっと人が降りて、私もほとんど流されるようにして改札へ向かった。
改札を出て、駅の壁際は待ち合わせらしき人たちがずらりと並んでいる。そんな中で頭ひとつ飛び出した盧笙はすぐに見つかった。けれど、向こうはそういうわけにもいかず、なかなかこちらに気付く様子がない。

「盧笙ー、お待たせー」

人混みを抜けて少し離れたところから声を掛けると、盧笙はようやく私に気付いた様子でこちらに視線を落とした。それから慌てたように歩み寄ってくると何故かオロオロと両手を宙に彷徨わせる。

「……どしたん?」

「ゆ、浴衣着てきたんか」

「……変?」

「変なわけあるか、」

可愛い、なんて盧笙が自分から言うのはいつぶりだろう。盧笙も大概真っ赤な顔をしていたが、すぐに私もボッと頬に熱が集まるのが分かった。

「……行こか」

「う、うん」

今日び、高校生のほうがよっぽど自然なんじゃないかと思うほど、私たちはふたりしてガチガチになって歩き出した。いつものように握られた手も、今日はなんだかじんわりと汗ばんでいるような気がする。

「待ってる間も何人か生徒と()うたわ」

人混みに流されつつのんびり歩いていると、不意に盧笙が口を開いた。

「何か言われたん?」

「誰と行くんやって訊かれたから見回りやって答えた」

「ふうん」

……デートやって言わへんねや。言わへんか。

「こんなふうに歩いてたら誰かに見られるんちゃうの」

「見られるやろなぁ」

なんだか気の抜けた盧笙の返事にこちらの調子が狂う。いいの?と言うように怪訝な顔をして盧笙を見上げた。

「……言うとくけど、自分、うちの生徒の間ではそこそこ有名人やで」

「へ?」

「土日とか一緒におったとこ見られたみたいでな、いつの間にかえらい広まっとったわ」

なんかごめんな、と言う盧笙は別に悪くないんだけれど。一般人の私が、自分の知らないところで有名になっているなんて、なんだか変な感じだ。

「せやから、今日は堂々としとったらええねん」

「ええ……そういうことなん……?」

戸惑いを隠せずにいると、盧笙も隣で苦笑していた。

「……一応見回りやのに女連れで堂々としててええの?」

「……勤務時間中やないし」

* * *


駅からゆっくりゆっくり歩いてきて、遠くに屋台の姿が見えてくると、盧笙は明らかにそわそわしはじめた。見た目は立派なのに、中身……というか、味覚が少々お子様なのが盧笙の可愛らしいところだ。

「何食べたいん?」

「っ、いや、別に」

「今更我慢せんでええやん」

だんだん周りが騒がしくなってきて互いの声が届きにくくなってきたので、するりと腕を絡めた。いつもならそれだけで照れるくせに、今日はお祭りに浮かれていたことのほうが恥ずかしかったらしく、反応が薄くて少し面白くない。ぎゅ、と盧笙の腕を抱き締めるように力を込めると、さすがに「おい、」と少し慌てた様子を見せた。

「こんなとこ生徒に見られたら休み明け学校行きたなくなる」

「そんなこと言うて普通に行くくせに」

「仕事やねんから行くやろ」

「一ヶ月もあったらみんな忘れてるって」

そう言うと盧笙は、高校生の情報網ナメんな……と心底嫌そうに呟いた。ぶつくさ言いながらも、結局振りほどきはしない。

「あ、盧笙、唐揚げ」

「自分が食いたいだけやん」

と言いつつも盧笙はすんなりと財布に手を伸ばす。
……だって、盧笙がちらちら見てるなって思ったから言うたし。
ひとつ買ってしまえばあとは同じなのか、今度は盧笙のほうから屋台へ向かって歩き出した。あっという間に両手が塞がった盧笙の代わりに箸を動かして、その大きな口にたこ焼きを運んでいると、これのどこが見回りなのかと笑えてきてしまった。

* * *


花火が終わると、人の流れは一気に駅のほうへ向かう。じわじわと人が減り、屋台も店じまいを始めるなか、最後に一応見回りらしく会場を歩く。
靴ずれはしていないと思うけれど、慣れない下駄に疲労感が著しい。だんだんと重くなる足を激励して、なんとかペースを落とさないようにしていたが、不意に盧笙がこちらを見下ろす。

「足痛いんか?」

「え、あ……痛くはない」

ちょっと疲れただけ、と言うと盧笙は足を止めて何か考えているようだった。考えたって、もう駅までは歩くしかないだろうに。

「……おんぶしよか」

「せんでいいわ、アホ」

至極真面目な顔をしてこちらに背を向ける盧笙にツッコミを入れて、再び歩きはじめた。
とっくに鞄も取られてしまったので、盧笙にできることはもうないのだが、それでもまだ何かしたそうに落ち着きなく何度もこちらに視線を送るのが盧笙らしい。

「もう、靴ずれしたわけちゃうから大丈夫!()よ見回りして帰ろ!」

「いや、こっから真っ直ぐ帰ろ」

そう言うと盧笙はくいと私の手を引いて駅の方向へ歩き出した。
……珍しい。盧笙が仕事を疎かにするなんて。まあ、仕事ってほどの仕事じゃないのかもしれないけど。

「ごめんな、来年は浴衣やめとく」

「……やめんでええ」

「え?」

繋いだ手がじわりと熱を持ったのは、私の体温か盧笙の体温か。

「来年は……学校のことは全部断って、名前のためだけに来るから、やめんでええ」

そう言うと盧笙はふいと顔を反らしたけれど、相変わらず耳まで赤いのが隠せていない。とはいえ、私もなかなかだらしない顔をしていたから何も言わなかった。
しばらくの沈黙のあと、盧笙はおもむろにこちらを振り返る。

「こっからやったらうちのほうが近いし、ちょっと休憩してから帰るか」

「……なに?スケベなこと考えてる?」

「どつき回すぞ」

ぺち、と盧笙の優しいツッコミが私の頭を襲う。
ずいぶん人の少なくなったお祭りの会場に、私たちの笑い声が静かに響いていた。

Fin.

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