skinship

寒いを通り越して痛いと表現したくなるほどの冷たい風がコートの裾をぱたぱたとはためかせている。普段なら早々に弱音を吐いてすぐそこの喫茶店にでも避難するところだが、今日の俺はそんなにヤワじゃあない。何故なら、あと10分もしないうちに名前がやってくるからだ。
……とはいえ、ギリギリまで駅にいてもよかっただろうか。待ち合わせ場所は俺が時々ライブで使う劇場の近くで、終演後に落ち合うにはちょうどよかったのだが。

(……いや、こんな寒いとこで一秒でも名前を待たすわけにはいかん)

名前はいつも待ち合わせの5分前には到着しているから、違う場所で待つわけにはいかない。案の定、今日も約束の時間のきっかり5分前に姿を現した。

「簓、お待たせ!どっか室内で待ち合わせにしたらよかったな、こんな寒いと思わんかった」

ごめんごめんと軽い調子で謝りながらこちらへ近付いてくるのは、いつもより少し可愛らしい格好をした名前だ。小さな体躯を一回り大きなニットがすっぽりと覆っている。
……なんかだんだん男の好きなもん分かってきたな。いや、男のやなくて俺の趣味かもしらんけど。

「行こ!」

そう言って名前は俺に手を差し出す。ニットの袖でほとんど覆われてしまっているそれをぎゅっと握れば、名前は満足そうな顔でこちらを一瞥してから歩きだそうとした。その手をくいと引いて引き留めると、名前は一瞬つんのめって、それから不思議そうに再び俺を振り返る。

「……なに?」

きょとんとする名前に一歩近づき、俺の手を握っていたほうの手を両手で掴んだ。指先まで覆うニットの長い袖をいそいそと捲って、直接、名前の指を絡めとる。一連の動作を黙って見守っていた名前は、俺の真意に気付くと呆れたように笑いながらも、きゅ、と指先に力を込めた。外を歩いてきたからか、触れる肌はひんやりと冷たい。

「寒かったんちゃうん」

「簓のほうが冷たいやんか」

こっちは心配して言っているのに、名前はへらへらと笑った。その鼻先が微かに赤いのだって、冷たい風に曝されているからだろうに。

「手ぇ貸して」

「もう貸してるやん」

「そっちの手ぇも」

なぜか楽しそうな名前の返事を訊くや否や、俺は繋いでいたのと反対の手にも手を伸ばし、手のひらと手のひらを合わせた名前の手を、自分の手でぎゅうと挟み込むように握りしめた。名前はまたぽかんとそれを眺めて、ふっと噴き出すように笑い出す。しかし、簓のほうが冷たい、と名前が言うくらいの俺の手では、この行為は何の意味も成さない。せめてもと肌と肌とを擦り合わせてみると、ふと違和感を覚えて手が止まる。

「……なんか、」

「あっ、ちょっと言わんとってよ!昨日職場の大掃除やってたからカサカサやねん」

そう言って苦笑いする名前の手は、カサカサというより、ところどころに滲む赤が痛々しかった。

「もー、やっぱ手ぇ繋ぐの終わり!」

名前はそう言うものの、俺が両手で掴んだ状態では動くことすら叶わず、むす、と唇を尖らせた。

「今日の予定、そんなかっちり時間決まってへんやんな」

「え?うーん、まあ……」

「ほな先にハンドクリーム買いに行こ」

「えっ!?」

大きな目を丸くしてこちらを見上げる名前の返事は待たず、その痛々しい手を優しく引いて歩き出す。

「いや、家帰ったらあるから大丈夫、」

「いま俺が塗りたいねん」

「はぁ……」

俺の過保護にもずいぶん慣れてしまったのか、名前の顔に浮かぶ表情が驚きから呆れに変わる。俺が名前のことで言い出したら聞かないのはもう学習済みなのだろう。

「ところで、これどこ向かってるん?」

「高島屋の化粧品売り場」

「あー、もう、そんなことやと思った!買うのは分かったからドラッグストアにして!」

「……俺が金出すのに」

「だからやろ!」

力で敵うはずがないのになんとかその場に踏ん張ろうとする姿は、散歩の終了を嫌がる犬のようで、思わず笑ってしまった俺を名前は不思議そうに見上げた。

「……簓、私のこと赤ちゃんかなんかやと思ってる」

「思ってへんよ」

どっちかと言うとワンちゃんやと思ったとこやけど。そう正直に告げると名前は繋いでいないほうの手でぺしぺしと俺の脇腹を殴っていた。

Fin.

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