一郎くんと十四くんの後を追うようにテレビ局の中を駆ける。スタジオはどこももぬけの殻だったから、逃げきれたか、別の場所に移動させられたか――テロリストたちにとっても大事な人質を、そう簡単に傷つけることはないと信じたい。
「盧笙さん、大丈夫っすか?何か探してます?」
人気のない部屋までチラチラと気にかける俺に十四くんがそう声をかけてきた。
「あ、あぁ……観覧席に連れが入る予定やったんや」
事前の説明や打ち合わせのため、名前も既にスタジオか、少なくともテレビ局には入っていたはずだ。
オオサカから付いてきた幼馴染を思い顔をしかめていると、一郎くんも振り返って、
「大丈夫っすよ、俺たち以外も動いてるはずですし、もう誰かが保護してるかも」
「そうやとええんやけど……」
簓、おまえが連れてきたんやから責任持って助けとけや――今は別のチームを率いるリーダーに、そんな恨み言を呟いた。
* * *
「名前!おるか!?」
テロリストたちを伸すなり、俺は人混みへ呼びかける。返事はなかった。局のネームプレートを首から提げたスタッフに「これ何の集まり?」と訊くと、皆社員かアルバイトだと言う。
「白膠木、誰か探してんのか?」
「あぁ、いや、ええねん、次行こ」
説明したくないわけではないが、そんな暇があれば足を動かしたほうが早いというものだ。
逃げるとしたら外を目指すだろうと、搬入口へ向かう。物陰から様子をうかがえば、数人のテロリストに囲まれた人質たちの姿が見えた。
(名前!)
人混みの中に名前の姿を見つけた。この状況に泣きじゃくる小さな女の子を抱き締め、優しい表情で何やら囁いている。なんや、ちょっとはビビってるかと思っとったけど、えらい余裕やん。
「ほな行くでぇ!」
いつもと違うチームメイトを率いて突撃する。名前の視線が俺を捉えると、大きな目が丸くなる。ほんの少し強張っていた表情が緩んだ。
……どうせやったら盧笙と零と、100%のリリックで思いっきりカッコつけて救出したかってんけど。ま、こんな雑魚相手なら即席チームでも余裕のよっちゃんやな。
再びテロリストたちが全員倒れたのを見届けて、俺はチームメイトを放ったらかして、人混みの中でしゃがみこんでいた名前のもとへ駆けた。
「名前、大丈夫か!」
「簓、お疲れー」
必死な俺とは対照的に、名前は呑気にひらりと片手を上げた。もう片方の手は女の子の背中に回されている。
まだ少し混乱した様子ではあるものの、とりあえず涙は止まったらしい女の子が名前をじいと見つめて、名前もふと微笑を返した。
「な、今日は強いお兄ちゃんいっぱいおるから絶対大丈夫やって言うたやろ」
名前に優しく語りかけられると、女の子は小さく頷いて嬉しそうに口元を緩めた。名前が頭を撫でてやると、胸元に顔を埋めるようにぎゅうと抱きつく。羨ましいこっちゃ。
「その子どないしたん?」
「親がトイレかどっか行ってる間にあの騒ぎなってもうたから一緒におってん。落ち着いたら探しに行くわ」
ぽんぽんと名前に背中を叩かれる女の子はすっかり安心しきった様子で、助け甲斐があるなぁ、なんて考えていたが、
「この子な、一郎くんが好きやねんて。一郎くん来てくれたらええなぁって言うとってんけど」
「悪かったなぁ、俺で」
そう続けられた名前の言葉にずっこけそうになっていると、臨時のチームメイトたちが背後から声を掛けてくる。
「白膠木、まだ終わってねえぞ!次行くぞ、次!」
「あぁ、そちらが探していた方ですか。ご無事で何より」
相変わらず自由奔放なふたりには「おう」とまとめて返事をして、
「ほな行ってくるわ、安全なとこおりや」
「うん、簓も気ぃ付けて」
名前はちっとも俺を心配する様子はない。信頼されているのを喜ぶべきか否か。名前がまたひらひらと手を振ると女の子も真似をするように小さく手を振ってきて少し癒やされたので今日はこれでよしとする。
* * *
全てのテロリストを制圧し、盧笙と零とも合流して、事情聴取をせんとするヨコハマの警察官を躱して名前の元へ急ぐ。盧笙は合流するなり「名前と
会うたか!?」と必死の形相だった。俺が助けた、とドヤ顔で答えると、すんと冷静になって「ならええわ」と言っていた。
「この広いテレビ局でちゃんと名前ちゃんのとこに行くとは、さすがだなぁ、簓」
「せやろ?俺と名前は赤い糸で繋がっとるからな」
カラカラと笑う零に対し、盧笙はハッと鼻を鳴らした。
テレビ局のロビーに着くと、ちょうど名前が女の子の両親を見つけたところだった。いくらか言葉を交わし、ペコペコと頭を下げる両親に女の子を預けたのを見届けてから、ゆっくり近付いて声を掛ける。
「名前ー、お疲れさん」
「あ、ささ……」
ら、と紡がれる前に、名前の身体がかくんと傾いだから慌てて手を伸ばした。後ろで盧笙がハッと息を呑む音が聞こえた気がする。全身の力が抜けたみたいにへにゃへにゃと崩れ落ちる名前の腕と腰に手を添え支えると、なぜか名前まで驚いた顔をしてこちらを見上げていた。
「大丈夫か?」
「ご、ごめん……なんか全部終わったと思って安心したとこで皆の顔見たら力抜けてもうた……」
力が抜けた、というより名前の身体はわずかに震えている。張り詰めていた緊張の糸が切れて、ようやく恐怖を感じる余裕が出てきた、というほうが正しい気がした。今日は強いお兄ちゃんいっぱいおるから大丈夫――そう女の子に語りかけていた名前の姿を思い出す。きっと女の子だけでなく、自分に向けても言い聞かせていたのだろう。
「怖かったんやろ、
早よオオサカ帰ろな」
いつもよりなんだか小さく感じる背中に腕を回して抱き締めながら言うと、名前は俺の腕の中で小さく頷いた。
俺たちの会話など聞こえていなかったのであろう盧笙が「名前、どっか怪我したんか!?」と慌てて駆け寄ってくると、名前は俺の肩越しにひょこっと顔を覗かせ、ふっと噴き出すように笑う。
「大丈夫、大丈夫!それより盧笙と零さんこそ何もなかったん?」
「あんな雑魚相手に後れは取らねえよ」
「あぁ、あいつらもよりによってこんな日ぃに押し入ってこんでもな」
「違いねえな」
三人がくすくすと笑い合うのを見ながら、俺は少しもやもやした気持ちを抱えていた。むす、と唇を尖らせると、名前が不思議そうな顔をしてこちらを見上げる。
「……俺は大丈夫かって一回も訊かれてへん」
「え?簓があんなん相手に怪我なんかするわけないやん」
一点の曇りもない眼でそう言われてしまうと、返す言葉がなかった。名前には俺が最強のヒーローにでも見えてるんやろか、なんて調子のいいことすら考えてしまう。普段は割と蔑ろにされてるような気がせんでもなかったけど、もしかして実は頼りにされてたんやろか。
「……おまえらいつまでそないしてるつもりや、ここテレビ局のロビーやぞ」
「ゲッ」
「ゲッて言うなや!」
すっかり元気になったらしい名前は、ぱっと俺の腕から逃れて露骨に顔をしかめてみせた。盧笙め、いらんこと言いよって。
「もう、帰ろ帰ろ!あ、でもその前に簓のお金で美味しいもん食べたい!」
「なんで俺の金やねん!ま、せっかく皆で東都まで来たんやし飯食うんはええけど」
……頼りにされるってそういう意味ちゃうんやけど。まあ、でも名前が楽しそうなら飯の一回や二回、安いもんやな、と思ってしまう俺は名前に対してだけは最弱なのかもしれない。