幼馴染とお正月

(よいお年を、って、簓に言うたっけなぁ)

そんなことを考えながら、夕暮れの街を歩く今日は十二月三十一日。両手にはスーパーのビニール袋、目的地はいつものマンション。
簓と恋仲になってからも、私の年越しは盧笙とふたりだ。いや、付き合い出したころは三人だっただろうか。いつの間にか年末年始の簓はテレビ局に取られっぱなしになって、そんな簓の出る特番を盧笙とふたりで見て、さして祝う気もない「明けましておめでとう」を言うのが私の定番になってしまった。
今年もお酒におつまみ、それからしばらくゴロゴロできるように食料もたっぷり買い込んで、盧笙の部屋へ向かう。

「おー、今年も来たな」

「お邪魔しまーす」

そういえば、あまりに当たり前すぎて連絡をしていなかった気がする。しかし盧笙もまた当たり前のようにすんなりと私の来訪を受け入れた。
部屋に入るなり、点けっぱなしのテレビには簓の姿が映る。

「ありゃ、もう始まってた」

「ちゃんと録画してあるから、あとで見い」

「追っかけ再生しようや」

「ええけど、そのあと年越しも全部ズレるぞ」

「……あー」

買ってきた食料を要冷蔵のものとそうでないものに仕分けつつ、時折ちらちらと画面を眺める。盧笙も隣で手伝いながら、ぽつりと語りかけてきた。

「どんぐらい()うてないんや」

「一緒に住んでるんやから、それなりに()うてはおるよ……一緒にどっか行くとかは、先月くらいから全然ないけど」

冷蔵庫に缶ビールをしまう盧笙の表情は見えない。いつの年末だったか忘れたが、私を寂しがらせるのは許せないが、活躍してるのは嬉しくて、とても複雑なんだと、酔った勢いで白状していた。きっと今も、何とも言えない顔をしているんだろう。

「今年……じゃなくて来年は、いつ帰ってくるんかなぁ」

「いや、おまえいつまでおる気やねん」

「簓が帰ってくるまで帰れまテンやろ?」

「アホか」

ぺちん、と盧笙の平手が後頭部を打った。盧笙は野菜を冷蔵庫にしまうためにしゃがみ込む。

「正月なんてずっとお笑いやっとんのに」

まるで野菜室に愚痴を押し込むみたいに、俯いたまま盧笙は言う。

「それに、いくら幼馴染や言うても、いつまでもおったら嫌がるやろ」

盧笙は時々こうやって、普通の異性の友達みたいなことを言う。私たちの間にも、盧笙と簓の間にも、そんな俗世的でないもっと深い絆とか信頼とか、そういうものがあるだろうに。

「別に?ひとりにしてもうてる負い目でもあるんか、今更盧笙相手にそんな心配してへんのか、とにかく何も言われへんよ」

「……ま、そらそうやな」

スーパーの袋にナマモノが残っていないことを確認すると、盧笙はチューハイの缶を片手にテレビの前へ向かって歩き出した。今年もまた、いつもの大晦日が始まる。

* * *


恋人はテレビの画面の向こうで「明けましておめでとうございますー!」と言って笑っている。
そんな様子をボーッと見ながら、何年も一緒にいる幼馴染と年越しを共にしたところで、今更特に何の感慨もなく。元日にはお互い実家に帰ったり近所の神社に初詣に行ったりして、また盧笙の部屋に帰ってくる。
日付が変わっても、簓はずっとテレビに映っていた。

「なんか……見慣れてきたな」

「そら一緒に住んでたら見慣れんほうがおかしいわ」

「そういう意味じゃなくて、一昨日からずーっとテレビ出てて、ずーっと追ってるんやから、これはもはや見慣れたというより見飽きた……?」

「こら」

この数日で空けた缶をゴミ袋に詰めながら話していると、盧笙はふと玄関のほうを見る。

「どないしたん?」

「いや……名前がそんなこと言うてたら、簓が飛び込んできそうな気がして」

「ホンマに出てきそうやからやめて」

私がそう言うと盧笙はケラケラと笑っていたけれども、その顔はどこか寂しそうだった。寂しいのは私だけではないのだと、少し安心する。

「……会いたいなあ」

気が緩んだからか、ついそんな言葉が口をついて出てしまった。はっとして両手で塞いでみるも時既に遅く、盧笙が私よりよっぽど辛そうな顔でこちらを見ていた。

「ちょっと盧笙、そんな顔せんとって」

ゴミ袋を足元に置き、こたつに入った盧笙に歩み寄る。立っているときにはとても手の届かない頭をぽんぽんと撫でると、不意に手首を掴まれぐいと引かれた。隣に尻餅をつくと、今度は盧笙が私の頭を片手でぐしゃぐしゃと撫でて、それがいつの間にか両手になったと思ったら、そのままぎゅうと抱き締められる。

「ろしょー……これはちょっと……」

人生の大半を共にしてきた幼馴染に今更思うところはないけれども、一応簓とお付き合いをしている身なので軽く抵抗はした。ところが拘束が緩まることはなく、後頭部に添えられた盧笙の手が再びわしゃわしゃと不器用に私の頭を撫でる。鼻腔に満ちるアルコールの匂いは、一体どちらがまとったものなのか。

「寂しいんやったら寂しいって言い」

「さみしい」

「俺やなくて簓にや」

言えって言うから言ったのに、がばっと身体を離して顔を覗き込んでくる盧笙はずいぶん不満げだ。

「そんなん、言えるわけないやん、こんだけ仕事貰えるなんて簡単なことやないのに」

盧笙だって、短い間とはいえ同じ仕事をしていたのだから、今の簓がどれだけすごいか、どれだけ苦労したか、私よりよっぽど理解しているはずだろうに。

「テレビ出るのは誰でもええけど、今おまえが一緒におりたいんは簓だけやろ」

「……なんでそういうこと言うのお……」

とうとう堪えきれず、ぽろぽろと涙を溢れさせる私に、盧笙が目に見えて慌て始める。きっと私も盧笙も酷く酔っているのだ。いつもの盧笙なら絶対こんなこと、思ってたって言いやしないし、私だってこれくらいで泣いたりしない。
盧笙が差し出してきたティッシュで止まる気配のない涙と鼻水を必死で拭う。しゃくりあげる背中が苦しそうに見えるのか、くすぐったいほど優しく、大きな手が何度も往復する。

「ご、ごめん、名前が一番我慢してんのに」

「盧笙が分かってくれへんかったら、私、」

「分かってる、名前は頑張ってるで」

先生は先生でも、小学生の相手でもさせているみたいで少し申し訳ない。けれど簓がいない今、こんなふうに甘えられるのも、こんなに甘やかしてくれるのも、盧笙くらいなのだから仕方ないとも思う。
さすがに抱き締められるのはどうかと思って、その硬い二の腕に額を押し付けてすんすんと鼻を鳴らしていると、空いているほうの手でまた頭を撫でられた。

数分そうしていて、ようやく落ち着いたころ、遠くで玄関のサムターンが回る音がした気がした。盧笙は気付いていないようで、不意に顔を上げた私を「何や」と覗き込む。今、鍵、と言葉にする前にリビングへ繋がるドアが開いた。

「ただい……えっ、何やこれ、どういう状況……え、名前泣いてる!?どないしたん!?」

テレビ局からここへ直帰してきたのが丸分かりな大荷物を抱えていること以外は、数日ぶりだというのにまるでいつも通りな簓の姿があった。せっかく止まった涙をまたぶわっと溢れさせる私を見て、簓は慌てて荷物を置き、私の前にしゃがみこんだ。

「っあ、あけましておめでとお……」

「いやいやいや、どう見てもそれどころちゃうけど、とりあえずおめでとうさん……?」

今度は相手が簓だから堂々と抱き着くと、困惑しながらもちゃんと受け止めてくれた。久しぶりのぬくもりを堪能していると、耳元で「酒くさ」と呟かれた。そうだ、働き者の簓と違って、私も盧笙も酔っ払いだ。だからこれは仕方がないのだ。頭の中でそう言い訳しながら、ぎゅうと腕に力を込めた。

「あー……そんな熱烈に出迎えてくれるんは嬉しいんやけど、名前が泣いてたら素直に喜ばれへんやんか」

盧笙に何かされたん?なんて、そんなことあるわけないのに、簓が冗談混じりに言う。後ろにいる盧笙の顔は見えないけれど、ひときわ低い「あ?」という声を聞けばあらかた想像できた。

「おまえなぁ……誰のせいやと思っとんねん」

「え、俺?おらんかったのに?」

「おらんかったからやろが、ボケ」

……盧笙、お酒入ってるから口わる……。
そんな盧笙とあんまり絡みたくなかったのか、簓は抱きついたままだった私の身体をおもむろに離すと、両頬に優しく手を添えて、きっとぐちゃぐちゃになっている私の顔を容赦なく覗き込んでくる。くっきりと残っているのであろう涙の跡を親指でごしごしと擦った。

「名前、なんで泣いてたん?俺がおらん間に何かあったん?」

「……おらん間にって、自分どんだけおらんかったと思ってるん」

むす、と唇を尖らせて言えば、簓はクエスチョンマークを山ほど浮かべて考え込んだあと、何か思い当たったのかハッと息を漏らしたけれども、その答えに納得がいっていないのか再び訝しげに首を傾げる。

「まさかとは思うんやけど……俺がおらんくて寂しかった〜とか、そんな可愛いこと言わんよな……?」

そうやって言葉にされてしまうと、認めるのも恥ずかしくって唸ることしかできない私に代わり、盧笙が後ろで「そうや」と言う。言うな。

「ご、ごめんなあ、まさか泣くほどと思わんかってん」

盧笙の余計な返事を聞くなり、今度は簓から私をぎゅうぎゅうと抱き締める。このまま絞め殺す気かと言わんばかりに固く組まれた腕からなんとか顔だけでも抜け出して、「……別に、酔うてただけやもん」と言い訳みたいに呟くと、「それでも泣くほど寂しかったんやろ」と取り合ってくれない。

「……俺、名前泣かせたら許さへんて言うたよなあ」

横目に声の主を確認すれば、片手はこたつに頬杖を突きながら、もう片方の手でチューハイの缶を煽っていた。元ヤン出てんで、なんて言える空気ではないのだけど。

「何も言い訳できひんわ……」

「いや、盧笙、それはさっき話したやん」

しゅんとした簓の腕の力が弱まった隙に、振り返って言い返すと、盧笙は据わった目でじいとこちらを見る。いや、さっきまで私のこと甘やかしまくってた盧笙はどこ行ったん?

「私も盧笙も、簓がようさんテレビ出てるの嬉しいんやで、だからそんな落ち込まんとって」

泣いてもうてごめんな、と言いながら髪を撫でれば、簓は私の胸元に顔を埋め「名前は何も謝ることないやん」と呟く。

「仕事減らすー言うたら、名前も盧笙も怒るんやろけど……来年は絶対こんな寂しい思いさせへんから、どないしたらええかはまだ分からんけど、絶対」

私と盧笙を交互に見て、宣誓するみたいに簓は言った。

「そんなこと気にせんでええよ、それより疲れてるやろ、()よ着替えたら?」

そう言う私の肩を盧笙が後ろからぽんと叩く。振り返ると、私の身体を優しく押しのけて、簓と向かい合う。

「言うたな」

「お、おう」

ただでさえ目つきがよろしくないのに、お酒が入っているうえ、いつの間にか眼鏡も外してしまって、幼馴染の私でも一瞬びくりとしてしまうような形相の盧笙に怯むことなく、簓は表情を引き締めた。
それを見ると、盧笙はふっと愁眉を開き、

「それならええねん」

一言。そう呟くなり、もそもそとこたつに戻り、大きな身体を押し込んで横たわったかと思うと、そのまま寝息を立て始めた。
私と簓はきょとんと間抜けな顔を見合わせて、それからどちらともなく笑い声を上げた。

「ふふ、何するんかと思った」

「いや、笑いごとちゃうで、殺されるか思たわ」

「私も寝る」

「へ!?」

盧笙に倣い、こたつ布団に手を掛けると、簓が再び抱き締めて引き留めてくる。

「な、なんで?泣くほど寂しかったんやろ?簓サン帰ってきたで?」

「どうせまたすぐ仕事なんやろ、簓も寝たら」

「う……そ、そうやけど……」

「……ていうか当たり前みたいに盧笙んちおるけど、家帰る?」

私が年末年始に盧笙の家に入り浸っているのが分かっているとはいえ、当たり前のようにここに帰ってくるからどうかしている。まあ、私も盧笙ももはや何もツッコまなくなってしまったから同類なんだけれど。

「いや、まだそこの酔っぱらいにあけおめーって言うてないからここで寝る」

盧笙を指差してそう言うと、簓もこたつ布団に手を伸ばしたが、

「ここで寝るん?無理ちゃう?もう盧笙入ってんねんで」

ベッド借りたら、なんて私が言うのもおかしな話だが、家主は隣で潰れているし……それになんだかんだ言って盧笙だって許してくれると思う。
私が腕を掴んで引き留めていると、簓はむすっとした顔で振り返った。

「……名前が寂しかったんと一緒で、俺も()よ名前と盧笙に会いたかってんけど」

だからここで寝る、と駄々っ子みたいに言い張る簓にハァと溜息を吐いて立ち上がる。

「枕と掛け布団だけ借りてくるわ……」

そう言うと、簓はぱぁと顔を輝かせた。クローゼットから来客用の布団を拝借して、ついでにベッドからも枕を持ってきて盧笙の頭の下に無理やり差し込む。
簓に布団を掛けてやろうとすると、既にすうすうと寝息を立て始めていた。

「……やっぱ疲れてるやんか」

とてもこたつには収まっていない身体に布団を掛けると、分かっているのかいないのか、嬉しそうに顔を綻ばせた。

先程まで画面の向こうだった簓が、目の前にいる。きっとあんまりのんびりしている暇はなくて、すぐまた出て行ってしまうんだろうけど。
若緑の髪をかき分けるように指を差し込んで丸い頭を撫でれば、じわりと体温が伝わってきた。ちゃんといる。そんな馬鹿みたいな感想を抱きながら、私もまた睡魔に身を任せ横たわった。簓に掛けた布団に一緒に潜り込み、目を閉じる。まだお風呂にも入っていないから、香るのは石鹸の匂いでも洗剤の匂いでもなく、簓の匂い、なんてちょっと変態くさいだろうか。
丸くなった背中に擦り寄ると、少し掠れた声で名前を呼ばれる。顔を上げると、窮屈そうに寝返りを打った簓と目が合った。

「いつもありがとうな……今年もよろしゅう」

細い目はいつにもまして開いているのかいないのか分からないし、たぶんほとんど意識もないんだろうけど。よろしく、と短く返せば幸せそうに口元を緩ませて、再び寝息を立てた。

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