『簓と盧笙がご指名だぜ』
日付が変わる少し前。零さんから連絡が来るのは、いつもこの時間、この内容。はぁ、と溜息を吐きながら、先ほど着替えたばかりのデニムパンツに再び足を通す。すぐ行きます、と返事をすれば、零さんから位置情報が送られてきた。終電にはギリギリ間に合いそうにない。タクシー代はふたりに請求することにしよう。
* * *
「あー、名前来た、名前ー」
居酒屋の個室の襖を開けるなり、そんな猫撫で声が私を出迎える。とろんとした顔の簓が自分の隣をぽすぽすと叩きながら私を見上げた。
「待てや簓!俺が呼んでんから名前はこっち座んねん!」
「いや、呼んだんは零さんやけどな……?」
簓の隣に座ろうとする前に、ガバッと勢いよく立ち上がった盧笙に手を引かれ、隣に座らされる。酔っ払いのくせに、ずいぶん機敏だ。転んだりしなくてよかった。
「……今日は何なんですか」
人を挟んでやいやい言い合っている簓と盧笙は放っておいて、対面に座っていた零さんに問いかけると、彼はショットグラスを傾けてカラカラと笑った。
「毎度毎度、大変だねえ」
「いや、まあ、それは零さんこそ……」
口ではそう言うものの、こうなるのを分かっていてここまで飲ませる零さんも零さんなわけで。それが顔に出ていたのか「思ってもねえこと言うなよ」と言ってまた笑われた。
何故か今日はぴたりとくっついて離れない盧笙の隣で零さんと話していると、蚊帳の外にされた簓が突然立ち上がって私の隣に腰を下ろす。それから盧笙がくっついているのとは反対の腕を抱き締めて、私の肩口に頬を寄せた。そう広くはない居酒屋の個室で成人男性ふたりに脇を固められ、さすがにちょっと鬱陶しい。
「いや、ホンマに何なんこれ……」
今日何度目か分からない大きな溜息を吐き出せば、盧笙がわずかに眉を下げ、申し訳なさそうにこちらを覗き込んでくる。
「ご、ごめんな名前、ちょっと頼みたいことあんねん」
「あ、せやからそれはアカンて言うてるやろ!」
「元はと言えばおまえのせいやんけ!」
オオサカ育ちだからか(元)芸人だからか知らないが、ただでさえふたりは声が大きいのに、酔っ払って更に抑えが効かなくなっているそれを両脇から浴びせられるなんてたまったもんじゃない。
「あー、もう、うるさい!順番に喋り!」
「……ハイ」
「すまん……」
一声でしゅんとするふたりを見て零さんが声を上げて笑った。他人事だと思って。
「まず盧笙の頼み事って何なん?」
「……今日うち泊まりに来てほしい」
「……は?」
アルコールの力で血色の良くなった頬を更に赤らめて、気まずそうに視線を逸らしながら盧笙が言う。予想外のお願いにぽかんとする私の腕を、反対側の簓がくいくいと引く。
「俺がな、こないだ出た心霊特番で聞いた話、よーできとったから盧笙と零に聞かせたろー思ったらこんなんなってもた」
「それだけちゃうやろ!やめろって言うてんのに零も一緒なって面白がって!」
……なるほど。なんとなく話が見えてきた。
盧笙はこんなナリをして、幽霊やおばけといったものが苦手だ。昔から、そういう話を聞いたり怖いテレビ番組を見たりした日には、数日は縮み上がって、家族や幼馴染である私に一日中くっついていたものだった。
「簓だって盧笙のこれ、別に知らんわけやないやろ?なんでそんな意地悪すんの」
「意地悪ちゃうやん、ホンマによーできた話やったしな、それに盧笙がまだここまでビビリやと思ってなかってん」
「ビビってへんわ」
誰がどう見てもビビり倒しているくせに盧笙は強がってそういうことを言う。まあ、一応プライドがあるかもしれないからあまり追及はしないでおいてあげよう。
「……で、盧笙は今日はもう家にひとりでおりたないってこと?」
そう尋ねると、盧笙はもごもごと口を動かしてから小さく頷いた。簓と零さんがかすかに笑う声が耳に届く。
「じゃあもう今日はこれ連れて帰ったら?」
これ、と言いながら簓を指差すと、盧笙と簓が「はぁ!?」と声を揃えた。相変わらず無駄に息がぴったりだ。
「嫌やわ!これ連れて帰ったらまた家でまで怖い話されるやろ!」
「せえへんわ!大体俺は名前のおる家に帰るから盧笙んとこ行ってる暇なんかないねん!」
「いっつも人んち不法侵入してるやつがよう言うなあ!?」
また声量の大きくなってきたふたりを小突き、少し考えてから口を開く。
「じゃ、私が盧笙んち泊まりに行ったら簓もついてくるん?」
「む……そらそうやろ」
「はいはい、じゃあ今日は三人でお泊まり会しよな」
子供に言い聞かせるような口調で言えば、盧笙は少しほっとした様子だった。簓はしばらく唇を尖らせていたが、私がひとりで盧笙のところに行くよりはマシだと考えたのか、渋々といった表情で頷いた。
「零さんも来る?」
「お?おじさんも誘ってくれんのか?」
名前ちゃんが相手してくれるなら行くかな、なんて笑えない冗談を言った零さんは卓の下で簓と盧笙にゲシゲシと思いっきり蹴りを入れられていた。
* * *
「先に言うといてくれたら用意してきたのにー」
飲み会もお開きになって、三人で盧笙の家に向かう道すがら、コンビニでスキンケア用品や明日使う化粧品を買い込む。もちろん、はじめのタクシー代と合わせて支払いはふたり持ちだ。
「ホンマのこと言うたら来てくれへんやろ」
申し訳なさからか、盧笙が私の手からビニール袋を奪い取る。大して重くもないのだけど。
「別にそんなことないよ、盧笙が怖がりなんは今に始まった話やないし」
言いながら盧笙に笑いかけると、反対側で簓がぐいと腕を引く。
「いや、何当たり前みたいに言うてるん!アカンに決まってるやろ!」
「元はと言えば簓のせいやろ」
「や、それは、」
じと、と目を細めて言ってやれば、簓はおろおろと狼狽えながら視線を逸らす。酔った簓はいつもより素直で子供みたいになるところが可愛らしい。
「たまにはええやん、三人でお泊まり、楽しそうやなあ」
そう言って両隣のふたりの腕を絡め取ると、「わっ」とかなんとか少し驚いたような声のあと、どちらからともなく「せやなあ」と言って笑い声を上げた。