幼馴染とクリスマス

12月24日、午後2時まであと10分。オオサカ定番待ち合わせスポット、時空の広場で俺は盧笙と名前を待っていた。
広場はすっかりクリスマス仕様で、夜にはイルミネーションが煌々と輝くのだろう。まだ明るいうちからカップルがやたらと目につく。金の時計を見上げると、刻一刻と約束の時間が近付いていた。
今日は盧笙の提案で、有名なクリスマスマーケットに行くことになっている。当日の夜は死ぬほど混むから少しでも早めに行こうと言われてこの時間。ライトアップされたクリスマスツリーは見られないかもしれないが、どうせ俺たちは花より団子だからこっちのほうがいいんだろう。そのあとは誰かの家で晩飯を食べてケーキでもつつこう、って食べてばっかりやな。

「えっ、だ、大丈夫なん?」

待ちわびていた声が聞こえて、ばっと顔を上げそちらへ視線を送る。いつもよりずっと可愛らしい格好をした名前が、何やら電話をしながらこちらへ向かって歩いていた。俺と目が合うとひらひらと手を振ったが、表情は晴れない。

「じゃあ、今から簓とそっち行く……いや、インフルかもしれんほど熱あるんやったら尚更やん!」

なんだか慌てた様子で電話をする名前に口パクで「どないしたん?」と訊くと、名前はマイク部分を押さえもせず「盧笙、熱あるから来られへんって」と答えた。

「うん、今着いたとこ……え、替わるん?」

再び盧笙と言葉を交わすと、名前はスマホを俺に向かって差し出す。

「盧笙?熱あるって、」

『簓、これ名前に聞こえてへんよな』

「……ええ?」

電話を替わるなりそんなことを言われ、思わず変な声が漏れた。そんな俺を不思議そうに見上げる名前の顔を確認して「たぶん聞こえてへんけど」と小声で返す。

『俺元気やから、ふたりで楽しんで()い』

「は……?」

それだけ言うと盧笙は容赦なく電話を切ってしまった。ホーム画面に戻ってしまったスマホをぽかんと眺める俺に名前は「なんて?」と繰り返している。

「あ、えー、俺のことは気にせんとふたりで楽しんで来いって」

答えながらスマホを名前に返すと、途端にピコンと可愛らしい通知音が聞こえる。

「お土産よろしく……って……人の気も知らんと」

大丈夫やで、そいつ元気やから――なんて言えるはずもなく、俺は唇を尖らせる名前をまあまあと宥める。
しかし、盧笙は最初からこうする気だったんだろうか。どうせすぐにネタバラシするなら、俺にはあらかじめ言っておいてくれればいいのに、俺は突然決行された名前とのデートのプランを必死で考えるはめになった。

* * *


ひとまず、当初の目的であったクリスマスマーケットへ向かう。名前となんてことはない世間話をしながら、俺は頭をフル回転してこのあとの行き先を考えていた。
突然ふたりきりにされたわりに、名前は特段焦ったり照れたりすることもなく、いたって冷静に「とりあえず行こか」なんて言って歩き始めてしまったものだから、あんまりデート感を出すのもよろしくないのかもしれない。

(……まだ昼間とはいえ、クリスマス当日に男女ふたりで歩いててここまで意識されんて、俺もう終わってへん……?)

そんな泣き言をぶつけられる唯一の相手は、熱で寝込んでいることになっているし、というかそいつのおかげでふたりきりになれているわけだし、俺はもはや何も言えない。文句を言えばいいのか感謝をすればいいのかすら分からなかった。

悶々としながら歩いていると、いつの間にか名前との距離が開いていた。名前は何度か来たことがあるらしく、ウメダの人混みもなんのそのですいすいと進んでいってしまう。声を掛けようとすると、ちょうど名前が振り返り、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「ごめん、歩くの速い?」

ペースを落として俺が追いつくのを待ってから名前は問う。そういうの、普通男が言う台詞やと思っててんけどな。

「いや、ちょっとボーッとしててん、大丈夫やで」

そう答えると、名前は顎に手を当てて少し考える素振りを見せたあと、「あ」と声を上げる。何、と訊く前に名前の小さな手が俺のコートの袖口のあたりをきゅっと掴んだものだから、俺はすっかり言葉を失ってしまった。

「たぶん会場近付いたらもっと人多くなるから、でもこうしとったら大丈夫」

こちらを見上げてどこか得意げに言ってニィと口角を上げる名前に、きっと他意はないのだろうが、俺の心臓は馬鹿みたいにバクバクと律動を速くしている。そのくせ脳は叫ぶのだ、ちゃうやろ、と。
名前に掴まれているのと反対の手で、名前の手を優しく解く。不思議そうにそれを見つめる名前の顔に驚きや悲しみの色が浮かぶ前に、さっと指を絡めとった。

「それやったら、こっちのほうが離れへんやろ」

「う、うん」

きゅ、と握った手に力を込めると、連動しているみたいに名前の頬も朱に染まった。自分から手ぇ繋いできたくせに、何やそれ。いや、厳密には手は繋いでなかったんやけど。

「簓、手ぇ温かいな」

「誰が子供体温やねん」

「言うてないし」

そう言って笑う名前の手は氷みたいに冷たい。冷え性なのだろうか。手袋でもすればいいのに。クリスマスプレゼントにでも()うたったら使ってくれるんかな。

「なあ、帰りちょっと買い物してってもええ?」

「ええよ、あ、盧笙のお土産?」

それは断じて違うし、俺はたぶんお土産どころか菓子折りでも持っていかなければならない状況なのだが、今はとりあえず頷いておく。

「何がいいんかなぁ……とりあえずケーキはちょっと残しといて持っていくとして……っ、わっ」

遠くにクリスマスマーケットの屋台が見えて、人もずいぶん多くなってきた。小さく悲鳴を上げるとまるで高波にさらわれるかのように流された名前の手を慌てて強く握る。その甲斐あってか、すんでのところで踏みとどまった身体をなんとかこちらへ引き寄せると、勢い余って俺の胸へ飛び込ませてしまった。

「っご、ごめん、」

ばっと身体を離そうとする名前だったが、この人混みのなか、当然背後に通行人がいるので再び手を引く。

「落ち着き、後ろ人おるから」

なんて言って、内心では俺も名前に負けじと劣らずパニック状態だった。それでも人の流れは止まらないわけで、俺たちはぎくしゃくと気まずい空気に包まれながらも再度歩き出した。今にも肩が触れそうだった先ほどとは違って、拳ふたつみっつ余裕で収まるほどの距離は空いていたけれど、今のほうがよっぽどドキドキしている。会場までもうすぐだったはずなのに、まるでまだ折り返してすらないのではと思うほど、時が経つのが遅かった。

しかし会場に一歩足を踏み入れれば、名前は明らかにそわそわとしはじめて、嬉しいのを隠し切れない様子であたりを見回す。砂糖のたっぷりかかったワッフルや大きなソーセージを片手にすれ違う人をきらきらとした目で見つめ、それから俺のほうをちらりと見上げる。俺は笑いそうになるのを必死でこらえて、努めて自然に「腹減ったな」と呟いた。

「私も!な、ソーセージと、あとピザ半分こしよ!」

先ほどまでの重苦しい空気が嘘みたいに、名前は満面の笑みで俺を見上げて言った。タイミングよく空いたテーブルに名前を残し、お目当てのものを順番に買って回る。戦利品を持って戻るたび、名前は瞳を輝かせたが、その視線が向けられているのはたぶん俺じゃないんだろう。

毎年デザインが変わるというマグカップを集めているらしい名前は、生クリームのたっぷり乗ったココアを啜り、俺が買ってきた料理を心底嬉しそうに頬張っていた。確かに、これならイルミネーションが点いていようがいまいが関係ないな、なんて考えてまた笑いそうになる。

しかし、このあとはどうしようかと考えていると、ポケットの中でスマホが震えた。通知欄には見慣れた名前が表示されていたので、その場でメッセージを開くと、ウメダの小洒落たレストランの食事券が送られてきていて、画面を覗き込んでいた名前が「黙って寝とかんかい」と唇を尖らせた。まあ、あいつめちゃくちゃ元気やしな。

「ここまでしてもろたら行くしかないな」

「嬉しいけど、今日食べてばっかりや……このあとケーキも取りに行くんやろ……食べるの明日でもいいかなあ」

「クリスマスケーキやのに明日食べるん?」

「それは言わんとってよ!」

* * *


駅のほうへ戻ると、レストランへ向かう前にショップの集まるビルへ向かう。

「こんなとこで盧笙のお土産買うん?」

と訊かれてしまっては、さすがにもう隠し切れず、

「名前にクリスマスプレゼント買いに来てんけど」

「……へ?」

ぽかんとして固まる名前の手を引いて歩く。こうやって手を繋ぐのにもなんだか慣れてしまったというか、いや、慣れていたらこんなに心臓が早鐘を打つことはないのだろうが、少なくとも言い訳を並べる必要はなくなり、自然と動き出せるようにはなった。

「ええよ!さっきのお金も結局貰ってくれへんかったし!」

「俺がやりたいんやからええの」

「でも、」

未だ何か言いたげな名前からはあえて目を逸らし、雑貨の並ぶ店を眺める。ああ、ハンドクリームもええな、と思ったが、今日幾度と握った名前の手は冷えてこそすれ、ささくれひとつない滑らかな肌触りをしていたことを思い出してやめた。

「名前、冷え性なん?」

思い切って本人に尋ねてしまうと、名前は少し考えてから「そんなことないと思うけど」と答える。

「……えらい手ぇ冷たかったから、手袋でも()うたろと思ってん」

「だからいいって、外おったしこんなもんやって!」

そういえば、確かに今はそれほど冷たくはない。俺に比べればまだまだ冷たいけれども、それは俺が未だ少し緊張しているからだろう。

「私はいいから、盧笙になんか()うていこ、な?」

言いながらくいと手を引かれ小首を傾げられたら、俺はもうどんなお願いも聞いてしまいそうな気がする。それに、確かに俺は盧笙にそれなりのお礼をしなければいけないわけで、名前の提案は決して悪いものではなかった。
渋々ながら俺が頷いたのを見ると名前はほっとしたように顔を綻ばせていたので、これはこれでよしとする。

ふたりでお金を出し合って、お土産というよりプレゼントを買ったころには夕飯時で、ようやくレストランへ足を向けた。クリスマスでふたりきりだからといって何か特別なこともなく、普段より少しいい値段の料理に舌鼓を打ち、予約していたケーキを引き取りに向かった。三人で食べるつもりだったそれは、ふたりで食べるには少し大きい。まあ、普通ふたりでホールケーキ頼まんわな。
紙袋の中に鎮座する真っ白い箱を嬉しそうに見下ろしながら、名前が「あ」と声を上げた。

「これ、どこで食べる……?」

盧笙んち行く気満々やった、と素直に吐き出す名前に思わず口元が緩む。

「盧笙、元気そうやったらお見舞いがてら寄せてもらおか」

「大丈夫かな」

「電話してみ」

心配そうな名前を見ていると、嘘をついていることが少し申し訳ない気持ちになる。名前が盧笙に電話で話をすれば、だいぶ落ち着いたから来てもいい、とのことだったらしい。「薬とかいる?」と尋ねる名前に「家にあるからいらん」とスムーズに答える盧笙に(あいつも嘘とかつけるんやなあ)と感心してしまった。

* * *


「……で、結局そのまま帰ってきたんか」

盧笙の家でケーキを囲んでいると、名前がトイレに立った途端、盧笙はじとっとした目で俺を見てそう言った。

「いや、普通に三人で遊ぶつもりやったのに急に言われても何もできひんわ!こんなんするつもりやったら、俺にはあらかじめ言うといてくれたらええやん!」

「名前の前でボロ出さん自信なかったんや」

むしろ今日一日でも頑張ったやろ、と言われたら、確かに盧笙にしてはすごく頑張ったと思う。

「それ言うたら俺も頑張ったと思わん?」

「手ぇ繋いだんがか?中学生ちゃうぞ」

何も言い返せない。言葉に詰まる俺に盧笙は大きな溜息を吐きつつ、

「ま、クリスマスやからって急くのも、雰囲気に飲まれたみたいでなんか嫌やな」

「……誰目線?」

ボケなのか素なのか分からない言葉に戸惑う俺は完全に無視して、盧笙はケーキに乗っかった苺をぷすりとフォークで刺して口元へ運ぶと、

「来年のクリスマスはふたりで過ごせるように頑張りや」

と、どこか挑発的に言った。
もしも名前と付き合えたとしても、クリスマスは三人で過ごすほうがよっぽど俺ららしい気がする、なんて、今日の盧笙の努力をふいにしてしまう気がしてとても口にはできなかった。

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