「……簓、好きな子できたん?」
例のごとく三人で駄弁るファミレスの店内。突然名前の口から放たれたその言葉に、俺も盧笙も石のように固まった。何の冗談かと思えば、名前はいたって真面目な顔をしている。先に我に返った盧笙が「……なんや急に」と問い返すと、名前は何か考え込むように顎に指先を添え、
「えー、だってなんか最近……好きなタイプとか理想のデートプランとかやたら訊いてくるから……私に訊いてもしゃーないのに」
振り返ってこちらを見る盧笙の表情から察せられる台詞は「何してんねん」だろうか。名前の手前、口には出さなかったようだが。
何と答えたものかと悩んでいるらしい盧笙を制し、俺は努めて明るい声を作り、
「うわー、バレてもうた」
「やっぱりそうなん!?どんな子!?」
「秘密ー」
ぱぁと顔を輝かせて食いついてくる名前に対し、盧笙は目を丸くして口をぱくぱくさせている。めっちゃアホ面。
「盧笙は?何も聞いてへんの?」
「……えっ、あぁ、知らんかった」
「えーっ」
……ちゅーか、俺に好きな子おるって知ってそのリアクションなん、あまりにも脈なさすぎて辛いわ。
* * *
「どっ、どういうことやねん」
名前が飲み物を取りにいくため席を外すや否や、盧笙は俺に掴みかからん勢いで尋ねてきた。未だ混乱の色を浮かべた顔で、睨みつけるように俺を見る。
「何が?」
「おまえ、俺の目の前で堂々と二股かける気か!?」
「……は?」
飲み込む寸前だったメロンソーダが変なところに入って、けほ、と小さく咳き込んだ。盧笙は怒りにぷるぷると震え、今にもその手に持ったお冷をこちらへぶちまけてくるのではないかと気が気でない。
「俺が好きなんは名前だけやけど?」
「やって、さっき好きな子できたんかって訊かれたら、そうやって」
「名前のことに決まっとるやろ」
「……えぇ?」
そもそも俺と名前は付き合っているわけでもないのに二股も何もないのだが、盧笙にすれば同じことなのだろう。相変わらず過保護な幼馴染の逆鱗に触れないよう、冷静に答える。
「他に好きな子がおって質問してるんやって思われといたほうが、名前も素直に答えてくれるやろ?」
「な……」
俺の答えに盧笙はきょとんと目を丸くして、それから眉間に皺を寄せた。
「……なんちゅうやつや……」
「あんなぁ、盧笙、俺は絶対に負けられへんねん、手段なんて選んでる場合ちゃうで」
「それは……そうかもしらんけど」
作戦の甲斐あって、今の俺は名前の好きなタイプも理想のデートプランも最近気になっているカフェも観たい映画も欲しいものも全部知っている。
「大体、嘘は吐いてへんやん?好きな子いうんが名前やってこと伝えてへんだけや」
「おまえはホンマに口だけはよう回るなぁ……」
「だけって何やねん」
そう言う盧笙の顔は、呆れるというよりむしろ本気で感心しているようではあったけれど、そんなことで感心されても素直に喜んでいいのか分からない。最後の一口を啜ったストローが、ずず、と音を立てる。
そんな会話をしているうちに、名前がテーブルに戻ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえり」
盧笙が立ち上がって名前が奥の席へ座る。何の躊躇いもなく出てくる「おかえり」も、当然のように名前と並んで座っているのも、相手が盧笙じゃなかったらこの場で暴れまわりたいほど嫌だとふと思った。そりゃ、男ふたりで並んで座るのもどうかと思うけれども。
「あ、ちょうどよかった」
頬杖をついて、むすっと盧笙を睨めつけていると、不意に名前から声をかけられてぱっと口元が緩む。よく見れば名前は何故か両手にグラスを持っていて、片方を俺に差し出した。
「簓のそろそろなくなりそうやったから入れてきたったで」
しゅわしゅわと炭酸の弾ける緑色の向こうで、自分のことのように嬉しそうに、ナイスタイミング、と名前が笑う。
「……好き……」
名前から差し出されたグラスを両手で受け取り思わずそんな声を漏らすと、名前は一瞬きょとんとしたあと、にこっと微笑んで、
「知ってるよー」
「へっ!?」
「簓いっつもメロンソーダやんな」
「あ……うん……」
相変わらずの鈍感っぷりに肩を落とす俺を見て、盧笙が小さく溜息を吐いた。
「盧笙……俺もう全部言いたい」
「止めはせんけど」
「止めてくれや……まだ早いやろ」
テーブルに突っ伏してそう吐き出す俺に、名前は「何が?あっ、もしかして好きな子の話!?」と声を弾ませる。自分のことやんか、アホ、と呟いたのが聞こえたところで、それでも名前は気付かないのだろう。