幼馴染と恋愛観

「これ美味しそうやん!行こ!」

「あぁ、あそこに新しくできたやつか」

「ええやん、いつ行く?」

名前と知り合って数週間。盧笙の計らいもあり、三人で遊びに行くことはすっかり当たり前になってしまった。今日は名前が持ってきた雑誌を囲み、次の予定を話し合っているところだ。

「今度の土曜は?盧笙も休みや言うてなかった?」

「あー、確か休みやったはずやで」

「今度の土曜な!……あっ」

一瞬決まったかと思ったが、その声で俺と盧笙は名前に視線を送る。

「何かあるんか?」

「うん、ちょっとお出掛け……かも」

まだ決まってないけど、と何とも言えない顔をする名前に違和感を覚えた。隣を見れば、盧笙も煮え切らない名前の態度に怪訝な顔をしている。いや、そこまで怖い顔せんでもええやん。

「どこ行くんや?」

極めて自然に盧笙は訊ね、探りを入れる。普段はボケーッとして詐欺まがいのあれやこれやを引っ掛けてくる盧笙も、名前の前ではしゃんとしていた。というか、名前が盧笙以上だからそう見えるだけか。

「梅田にでもご飯行こかって」

なんだかよそよそしい感じのする名前の答えに、俺と盧笙は顔を見合わせた。仲の良い友達と出掛ける、という感じではない。

「なんや、他人事みたいな言い方するなぁ?」

少し演技臭かっただろうか。しかし名前は特に気にすることもなく、「()うたことないしなぁ」と答えた。

()うたことない?」

わけが分からず繰り返すと、名前は小さく頷いて、

「アプリで知り()うた人やねんけど」

――名前が言うには、友人に誘われて、いわゆるマッチングアプリに登録したらしい。おいおいおい、何してくれとんねん……!?そりゃ、この歳まで恋愛経験ゼロの名前が心配になる友人の気持ちは分からないではないが、だからといっていきなりマッチングアプリなんてレベルが高すぎやしないか。

「それ大丈夫なんか?」

ショックで何も言えない俺に代わり、盧笙が相変わらず怖い顔をして言った。しかし名前はそんな顔も見慣れているようで、特に動じることもなく、

「ええ人やで?」

そんなもの、アプリ上ではいくらだって取り繕えるということを分かっているのだろうか。盧笙が「見してみ」と言ったら素直にスマホを取り出す名前を見て、ますます心配になってしまう。
盧笙はメッセージをいくらか遡って確認すると「……まあ、一目でヤバいやつではないな」と言った。そもそも盧笙の人を見る目も大概当てにならないのだが、名前のこととなれば多少はマシなので、とりあえず今は信用しておく。

「ていうか、名前、彼氏欲しかったん……!?」

正直、俺には目先のデートよりこちらのほうが死活問題なのだ。そう訊くと、盧笙もあっという顔をしてこちらを見た。おい、完全に忘れとったやろ。

「えー、うーん……分からへん」

おったことないし、と呑気に答える名前は、俺のこの今にも爆発しそうな心臓のことなど知る由もないのだ。
ここが舞台の上ならズッコけなければならないようなその気の抜けた回答に、盧笙はハァと大きな溜息を漏らす。

「よう分からんけど……向こうは真剣に恋人探してるんやろ?そんな中途半端な気持ちでやるんは失礼ちゃうか?」

「そ、そういうもんなん?でも言われてみたらそうなんかなぁ……」

盧笙の言葉に名前が慌てだす。
……盧笙は、名前にアプリをやめさせるために言ったのだろうか。そんな器用なことできたのかと思う反面、まあ、そうじゃなかったとしても今のは良い仕事だ、と思った。

「そっかぁ……じゃあ、この人には会うって言うてもうたから都合ついたら会うけど、それで終わりにしよかな」

その言葉に、内心ほっと安堵の息を吐いた。ついでに言うと都合がつかなければもっと最高だ。
しかし、そんなにあっさりと身を引かれると、それはそれで、

「じゃあ、やっぱ今は彼氏いらんってこと?」

おそるおそる問う。いや、もうここまで訊いたら気持ちがバレても全然おかしくないのだが、名前はまるで気付いていない。もはや心配になってしまうレベルだ。

「……いるかいらんかで言うたら、別にいらんかも」

ほとんど考えることもなく答える名前に、いよいよショックを隠しきれない。しかし名前は相変わらずそんなことどこ吹く風で、盧笙だけが慌てているような呆れているような、そんな顔で俺を見ていた。

「そういうの分からへんし、ちょっとめんどくさそうやなって思うけど……めんどくさくても一緒におりたいと思える人が見つかったら変わるんかなー、なんて」

恥ずかしいのを誤魔化すように、右手を口元に当てて紡がれたその言葉は、最後はほとんど聞こえないほどの小さな声だったが、しかし俺の耳には確かに届いた。つい先程まで絶望の淵にいた俺にとって、それは一筋の光で、希望の灯火で、地獄に垂れた蜘蛛の糸のようでもあった。
見るからにパァと顔を輝かせる俺を見て、盧笙が苦笑する。
俺がその「一緒におりたいと思える人」になるって、言ってしまえれば楽なのに、今はまだ早いと理解している自分もいて、結局俺は「せやな」と何でもない相槌を打つことしかできない。

「……あ、噂をすれば返事来たで」

突然、名前のスマホを持ったままだった盧笙が口を開く。その報告に名前以上の勢いで「なんて!?」と食いついてしまい、少し不思議そうな顔をされてしまった。

「仕事休まれへんかったから月曜はどないやって」

盧笙がメッセージを要約して読み上げると、名前はうーんと唸り声を上げ、

「平日は私が仕事やもんなぁ」

「じゃ、もう断っとこ」

「え?あっ、ちょ、盧笙!?」

スマホを持ち主の手の届かない高さまで持ち上げながら、盧笙はスイスイと何か文章を打っている。名前はピョコピョコと飛び跳ね阻止しようとしているが、盧笙はああ見えて意外と身体が出来上がっているので、それくらいではびくともしない。

(……盧笙、もしかして実はめちゃくちゃ怒ってたんか?)

やけにしかめっ面だったが、名前が特に怖がる様子もないから、元々あんな顔だったのでは、なんて思っていたのだが――やはり盧笙の幼馴染馬鹿も筋金入りのようだ。
ちなみにその後、名前はアプリをアンインストールさせられていた。

* * *


「盧笙、もしかしてめっちゃおこ?」

名前を家に送りふたりきりになったので、軽い口調で訊ねれば、盧笙はまたあの般若のような顔をする。

「そりゃ怒るやろ、あんのアホ!自分がどんだけ世間知らずか全ッ然分かってへん!」

それには同意するが、俺にキレられても……と乾いた笑いが漏れる。あと、おまえも人のこと言われへんからな。

「……簓」

「な、なに?」

じとっと据わった目で盧笙がこちらを見るので、つい怯んでしまう。

「アイツがまたアホなことせんうちに()よくっついてくれ」

「んなッ」

盧笙の口から飛び出してきた言葉に、俺は思わず足を止め、それどころか一歩後ずさってしまった。盧笙も立ち止まり、真顔のまま俺を振り返る。

「自分も言うてること大概めちゃくちゃやん……」

「俺は至って真面目やし本気や」

……そんなん、顔見たら分かるわ。

「簓ならええわと思って応援しとったけど、簓ならやなくて、簓がええ」

「……盧笙にそんな熱烈な告白されても困るんやけど……」

「誰が告白しとんねん」

ぺち、と盧笙の平手が俺の頭頂部を襲う。

「俺もよう分からんけど……おまえに、名前のこと守ってほしいし、幸せにしたってほしいし、おまえにも幸せになってほしい」

いや、告白やん。これが告白やなかったら何が告白やねん。いやもう軽くプロポーズやがな。
驚きを通り越してもはや軽く呆れている俺を置いて、盧笙は再び歩き出した。その背中に、なんとなしに浮かんだ疑問を投げかける。

「盧笙は?」

「え?」

「それは、盧笙じゃアカンのか?」

そう言うと、盧笙はきょとんと目を丸くしていた。本当に、そんなこと微塵も考えたことなかったみたいに。そして俺は口に出してから、これで眠れる獅子を起こしてしまったらどうしよう、ということに思い至って恐怖で少し震えた。

「そんなこと……考えたこともないわ」

「おー、顔に書いとるわ」

早歩きをして隣に並ぶと、盧笙はまだ少し呆然としていたが、少し考えるような素振りをしてから、おもむろに口を開く。

「……幼馴染と相方が一緒になったら、俺的には一石二鳥なんちゃう?」

「は、何やそれ」

それ一石二鳥言うんか?とか、色々ツッコみたいところはあったのだが、それよりも、盧笙自身の幸せは?と気になってしまった俺も大概、コイツの重すぎる愛に毒されているのかもしれない。

「幸せにしたろ」

「頑張れよ」

「盧笙もな」

「……?」

盧笙は不思議そうな顔をして、わずかに首を傾げた。ちゃうわ、盧笙、その“も”はな、頑張れじゃなくて幸せのほうに掛かっとんねん。なんて、こっ恥ずかしいので今は分からないでいい。

(盧笙は俺と名前のことしか考えてないけどな、俺は欲張りやから三人分の幸せ願ったんねん)

んふふ、と含み笑いをすれば、盧笙は何か気持ち悪いものでも見るような目で俺を見ていた。

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