朝臥せり

この部屋ではないどこかで鳴るアラームの音は、小鳥のさえずりのようだった。ちちち、ちちちと微かに聞こえていたそれは、少しずつこちらへ近付いてきて、音が大きくなるにつれ、不快感で顔が歪む。

「名前ー!朝やで!朝いうかもう昼やで!なあ!」

アラーム以上に騒がしいその声に、思わず掛け布団を頭まで被った。

「こら、起きんかい!もー最悪起きんでもええから、洗濯するから脱いで!」

細っこい腕のどこにそんな力があるのか、簓は私を無理やり布団から引きずり出して座らせると、がばっと両腕を上げさせてパジャマ代わりのTシャツに手を掛ける。

「……えっち」

「せえへんよ」

「しよ言うてないねん」

されるがままに服を脱がされながら言うと、そんな返事が返ってきた。あっという間に下着だけにされてしまったが、簓は脱がせた服を持って洗面所へ去ってしまったから、ずるずると布団の中へ戻る。
休みの日くらいゆっくり寝ればいいのに、元気なやつだ。家事をしてくれるのはありがたいけど。
遠くで洗濯機を操作する電子音がして、しばらくするとジャバジャバと水の流れる音が聞こえてくる。もう昼やで、と言いつつ今から洗濯機を回すということは、外は相当天気がいいのだろうか。エアコンはつけっぱなし、カーテンも閉めっぱなしの部屋では分からない。いつもなら「こんな天気やのに一日中寝とったらもったいないやろ!」なんて言って叩き起こされるはずなのに、それを思えば今日はずいぶん静かだ。

(……洗濯始めたってことは、まだあと三十分くらいは静かに寝れるな)

ただでさえ週末は昼まで寝たい派なうえ、昨晩会社の飲み会に付き合わされたおかげで、もう永遠に眠っていられる気すらする。ああ、でもあんまり寝すぎると昼夜逆転してしまうから程々にしないと――

「え!?また寝てるん!?」

突然ドアの開く音がしたと思ったら、間髪入れず簓がほぼ叫ぶように言った。安眠の終わりを悟り、おもむろに布団から顔を覗かせると、すっかり呆れ果てた簓の顔が目に入る。

「俺、今日ウメダ行きたいんやけど」

「……行ってきたら?」

「なんでそんな寂しいこと言うんー、なあ、起きてー」

ゆさゆさと肩を揺さぶられるのを黙って受け流していると、簓はむっとして掛け布団に手を掛けた。私が抵抗する前にがばっとそれを奪い取ると、「あ」と言って固まる。

「なんちゅー格好してんの自分」

「自分が無理やり脱がしていったんやろ」

「せやっけ?」

簓はとぼけた様子で言うと、何故かベッドに腰を下ろして、もぞもぞと私の隣に寝そべった。
温かい手がお腹の上を這ったかと思うと、そのままぎゅうと抱き締められて身動きが取れなくなる。

「何してんの」

「名前チャンがそんなえっちな格好してるから」

するすると移動しようとする手を掴んで止めて、先程の簓の真似をして「せえへんよ」と言うと「なんで!」と抗議の声が上がった。

「ホンマに言うてる?そんな格好して?」

「するわけないやろ、こんな真っ昼間から」

「真っ昼間いう認識はあるんやな」

そんな嫌味を言いながら、もう片方の手で背中を撫でる。その手の動きがどんどんいやらしいものに変わってきて、さすがに危機感を覚えはじめた。脱出を試みるも、がっちりと抱え込まれていて動けそうにない。

「ちょっと、ホンマに……っ」

文句のひとつやふたつ言ってやろうと思って顔を上げると、待ってましたとばかりに、ちゅ、と唇が触れる。その瞬間、背中を這っていたはずの掌はぱっと後頭部へ移動してきて、触れるだけの可愛らしいキスが、むさぼるような激しいものに変わり、ぞくぞくと肌が粟立った。
ここで折れたら間違いなく昼夜逆転して月曜日に痛い目を見るのは私だ。大型犬のように容赦なくのしかかってくるその身体を両手で必死に押し返して、なんとか口を開く。

「さ、さら……!ホンマにやらんって、」

すると意外にも簓はぴたりと動きを止めて、じいとこちらを見た。突然の沈黙で、少し居心地が悪い。

「……なあ」

「なに」

「そんなふうに言われても可愛いだけやねんけど」

「は、」

私が何か言い返す前に、再び身体を押し付けられて、ああ、もう無理……なんて思ったときだった。
開けっぱなしのドアの向こうから、ピーッ、ピーッと大きな電子音がして、私も簓もぴたりと動きを止める。

「……呼んでる」

「俺かい」

「自分が回したんやん」

聞きなれたそれは、洗濯機が己の仕事の終了を知らせる音だった。簓はまさにがっくりと効果音がつきそうなくらい肩を落としてから、もそもそと身体を起こして、ついでに私も腕を引いて起こしてから洗面所へ向かって歩き出した。

「……ウメダ付き合ったるか」

ようやくベッドから立ち上がって窓に歩み寄りカーテンを開けると、雲一つない青空の中にぽつんと、太陽がほとんど真上で燦々と輝いていた。

Fin.

prevnext

Main
Top