「……何なん?これオオサカで作ってるん?」
オオサカ代表になってからというもの、なかなか物騒な毎日を送っていて、俺らだけやったらええけど名前は巻き込んだらアカンなー、とか、思っていたはずなのに。
「……名前、大丈夫か?」
盧笙がおそるおそる声を掛けた相手は、名前であって名前でない。いつか、おそらく同じ違法マイクを浴びて幼くなってしまった盧笙より更に小さな身体に、今にも泣きだしそうな不安げな顔。この間の盧笙はすっかり大人になった名前をすんなり受け入れていたが、この小さな名前は幼馴染である盧笙を認識できていないらしい。そらそうか、昔からこんなおっかない顔してたわけちゃうわな。
「名前普段マイクなんか使わへんし耐性ないから、盧笙のときより
小っちゃなってもうたんかなぁ」
「俺がどんなもんやったんか知らんけど……戻るまでにかかる時間も長いかもしらんな」
一応しゃがんで目線を合わせてはいるものの、名前は大の男ふたりに挟まれてすっかり縮み上がってしまっている。可哀想やけど、こういうときに呼べる女の子の知り合いって名前くらいやし、その名前が
小っちゃなってもうてるし。
「あー……名前?俺のこと分かるか?」
盧笙がおそるおそる問うと、名前はぷるぷると首を横に振った。大きな目いっぱいに涙を溜めている名前と、そんな名前に負けじと劣らず困った顔の盧笙を眺めていると、なんだか笑ってしまいそうになる。
「眼鏡外したほうがええか?」
「アホ、余計泣いてまうわ」
「どういう意味や」
「はー、こんな
小っちゃい子に、自分いま未来におんねんでーなんて言うても分からんよなぁ」
「それは
小っちゃなくてもわけ分からんけどな……でも、どうにかして連れて帰らんと」
そろそろ通報される、という盧笙の恐ろしい指摘はもっともだった。俺は一応有名人で盧笙は教師。それに違法マイクを浴びた名前とここで離れ離れにされるのも困る。
「……名前の友達に、盧笙っておるやろ」
しばらく無言で考え込んでいた盧笙がおもむろに口を開いた。名前は不思議そうな顔をしつつ、こく、と小さく頷く。
「俺は、あー……その、盧笙のいとこや。名前のこと迎えに行くよう頼まれてん」
「ンッ」
いよいよ笑いを堪えきれず噴き出してしまった俺を、盧笙がギロリと睨みつける。いや、これで笑うなって言うほうが無理やろ。
「盧笙のいとこ?」
「そうや」
「盧笙のいとこやのに、お兄ちゃんも盧笙っていうん?」
「……そうや」
隣で笑い転げる俺にはもはや目もくれず、盧笙は淡々と答える。名前は
小いちゃいのに賢いなぁ、俺が名前呼んでたんちゃんと聞いてたんやなぁ。
「そうなんや」
アカン、前言撤回や。盧笙顔負けの素直さに頭を抱えたくなった。よくこれで誘拐も何もされず生きてこられたものだ。盧笙も同じ気持ちらしく、至極複雑そうな顔をしていた。
「……せやから、いったん俺の家帰らへんか」
「盧笙らが迎えに
来んの?」
盧笙ら、というのが誰を想定しているのかは分からなかったが、盧笙が「おー、みんな来るで」と言うと名前は「分かった!」と元気に返事をした。
「……話が早くて助かるけど、なんや心配になるわ」
「俺はこれを二十年近く見守ってきたんやぞ」
「お疲れさん……」
俺たちがそんな会話をするのを、名前は不思議そうに見上げていた。
「よし、じゃあ行こか、名前歩けるか?」
盧笙が極めて自然に手を差し出せば、名前は何の躊躇いもなく小さな手を伸ばす。それから一歩踏みだしたところでいきなりつんのめって、盧笙に抱き留められた。泣くか、と思って駆け寄ったが、名前は盧笙以上に驚いた様子で自分の足元を見つめていた。
「あー、服とか靴とかそのままなんや」
名前の視線の先を追うと、盧笙はすぐに合点がいったようだった。
そういえば、小さくなるなりストンと落ちてしまったスカートは早々に回収したが、上はオーバーサイズだったこともあり小さな名前にはワンピースのようになっていて安心してしまったのもあり、靴までは気が回らなかった。
「抱っこしてもええか?」
歩くに歩けず、オロオロする名前に盧笙が優しく問いかけた。小さく頷いた名前を抱き上げると、俺に向かって「靴持って」と言う。名前への優しさの半分でも俺に分けてくれへんもんか。
名前の足先でぷらぷらしていた靴を抜き取り、自分の指先に引っ掛けて盧笙の後を追った。
* * *
うちへ向かう道すがら、簓がふと訊ねてきた。
「いつ戻るか分からんし、なんか下着と部屋着だけでも
買うたったほうがええんちゃう?」
「あー……せやなぁ……名前の服でもブカブカやし、着れるもんないな」
俺の腕の中名前は、自分の名前にはわずかに反応したものの、ずいぶん眠そうだった。ぱっちりと開いてたはずの目は、もうほとんど閉じられている。俺たちのことを信用してくれているのはいいことだが、いささか警戒心がなさすぎるのは否定できない。
「俺がなんか適当に
買うてくるから、盧笙は名前と先帰っとき」
「頼むわ」
そう言うと、簓はうちとは別の方向へ歩きだした。そういえば、向こうに有名な子供服のチェーン店があった気がする。まさか自分たちが使うことになるとは思わなかったが。
眠たそうにしている名前にやたらと話しかけるわけにもいかず、俺は無言で家路を急いだ。部屋の前でようやく名前に声を掛け、
「ほらこれ、盧笙と一緒やろ」
そう言って表札を指差して見せると、名前はしばらくそれを見つめたあと「……読まれへん」と呟いた。