幼馴染と小さな幼馴染 Take2(2/3)

「ただいまーっ」

「簓!しっ!」

し?盧笙の家に飛び込むなり掛けられたその言葉に小首を傾げていると、盧笙が部屋の奥を指差した。ローテーブルの下に隠れるように、名前の小さな頭がちらちらと覗いている。おもむろに近付いてみると、そこにはいつも以上にあどけない寝顔を晒す名前の姿があった。

「え……盧笙んち天使おるやん……」

小声でそう言いながら振り返ると、盧笙は台所で夕飯の用意をしているようだった。こんな可愛い子をほったらかして料理て。こんなん永遠に見てられるやろ。正気か?
毛布の代わりに掛けられたのであろう盧笙のパーカーをちらりと捲ると、薄紅色の丸い頬があらわになる。指先でふに、と突いてみると、未知の触感がした。一方、名前は少し嫌そうにして寝返りを打つ。

「もう戻らんでもええんちゃう……?」

「アホなこと言うてんと、起きたら着替えれるように準備しといてや」

「……なんか盧笙との子ぉ育ててるみたいな会話やな」

「やめろ、気色悪い」

「ひど」

そんなことを言いながらも着実に手を動かす盧笙を横目に、俺は先ほど買ってきた袋を開封していく。まさか自分が使うことになるとは思わなかった、有名な子供服チェーン店のビニール袋。中に入っているのは、今の名前ではとても選ばないであろうピンク色のひらひらした可愛いワンピース。それを取り出して広げ、タグを切り取る俺を、台所から盧笙がゴミを見るような目で見ていた。

「ろくなもん()うてくるわけないとは思っとったけど」

「なんでや、可愛いやろ!可愛い子には可愛いもん着る義務があんねん」

「ないわ」

カチャカチャと音を立てて盧笙がひっくり返したフライパンからは小さなオムライスが出てきた。名前のリクエストがあったのかどうかは分からないが、いかにもお子様向けなメニューだ。

「外出るわけやないねんから、部屋着とかパジャマとか()うてきたったらええのに」

「それもちゃんと()うてるで、これは明日着てもらうぶんや」

「……アホちゃう?」

数時間で戻るかもしらんのに、と言って盧笙はまた冷ややかな視線を送ってきた。
――そら、自分は見慣れた姿かもしらんけど。俺は()っちゃい名前見るのなんて最初で最後やねんから、したいこと全部やったってええやん。
むす、と唇を尖らせていると、不意に何か温かいものが指先に触れた。驚いて視線を落とすと、眠たそうに目をこする名前の小さな手が、俺の小指と薬指をきゅっと握りしめている。

「……っあ、名前起きたん?」

愛しさとか、庇護欲とか、色んな感情が溢れ出て叫びだしそうになるのをぐっと堪え、できる限り優しい声音で尋ねた。名前は小さく頷くと、両手をこちらへ伸ばす。
……え、なに?起こせーいうこと?いや、これは抱っこ……?
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになって動かない俺を、名前が少し不満げに見上げる。
抱っこやったらええな、なんて期待を込めて、そっと小さな身体を持ち上げてみると、どうやら正解だったらしく名前は再び伸ばした腕を今度は俺の首へ回してきた。いつもより高い体温が、いつもより柔らかな手のひら越しにじんわりと伝わってくる。

「甘えたやなあ」

ずり落ちそうになる身体を支えなおし、ぽんぽんと背中を叩いていると、名前は満足そうにその林檎のような頬っぺたを俺の肩口へすり寄せた。
そんな俺たちの様子をじっと眺めていた盧笙が不意に口を開く。

()っちゃなったって言うてもタイムスリップしてきたわけやないし、おまえのこと覚えてるんやろな」

「……ん?」

不意に盧笙に声を掛けられたが、その内容に首を傾げる。

「自分、名前が()っちゃなってから名乗りすらしてへんで」

「え、そうなん?」

「そのくせずっとデレデレしてて、よう嫌われへんかったな」

……マジか。でも言われてみると確かに名乗った記憶はない。

「ささら、」

耳元で聞こえた舌っ足らずなその声に、俺は再び首を傾げた。

「俺、ホンマに名乗ってない?」

「名乗ってへんはずやけど……俺が呼んどったからか?」

俺が返事もせず盧笙と話を続けたからか、名前はむすと唇を尖らせて、身体を離し俺の顔を覗き込む。

「おなかすいた」

あんまり可愛らしい主張に俺が噴き出す前に、盧笙が台所から「もうできるからな」と優しく声を掛けた。

* * *


小さな手で器用にスプーンを掴み、同じく小さな口にせっせとご飯を運ぶ名前を眺めているだけで、お腹いっぱいになるんじゃないかと思った。時折鼻や頬に付くケチャップをティッシュで拭ってやりながら食事をしていると、そのペースは名前以上にゆっくりになる。とうに食べ終わった盧笙は風呂を沸かしたり来客用の布団を出したりと忙しない。

「ごちそうさまでした」

きちんと両手を合わせて言う名前の姿に思わず頬が緩む。ええ子やなぁと撫で回したいのをぐっと堪え、俺も自分の皿と向き合った。お腹いっぱいになった名前がまたうとうとしだす前に食事を済ませる。

「名前、寝る前にお風呂入ろ」

いくら幼い姿とはいえ一緒に入るわけにはいかないので「ひとりで入れる?」と訊いてみるとコクンと小さく頷いた。
着替えやタオルを出してやって、名前が入浴している間に皿洗いを手伝っていると、盧笙は心配そうに何度も廊下を行ったり来たりする。

「溺れるような歳ちゃうやろ」

「それは分かってるんやけどな……」

盧笙の心配症は未だ健在、というか、完全に小さい名前を見て悪化している。気持ちは分かるけれども。しばらくして洗面所の奥から浴室のドアを開閉する音が聞こえると、盧笙はようやくほっと息を吐いて落ち着いたようだった。
更に数分後、丸い頬を桃色にして、すっかり目も覚めたのか元気な様子の名前が出てくる。完全に目測で買ったパジャマも、サイズは合っていたようで安心した。

「ささら、これささらが()うてきてくれたん?」

「そのパジャマか?せやで」

不満でもあるのかと一瞬どきっとしたが、名前の表情を見るにそういう話ではなさそうだ。何やら嬉しそうに顔を綻ばせている。

「これかわいいなぁ、ありがとぉ」

言いながら裾を伸ばして広げて見せると、名前は満面の笑みを浮かべた。いや、可愛いのは服やなくて自分やん、そんな一文すら言葉にならず(うずくま)る俺を呆れ顔の盧笙と心配そうな名前が並んで見下ろす。

「名前、明日の服も()うてるから見たって」

パジャマですらこんなに喜んでくれるなら、あの可愛らしいピンクのワンピースを見せれば一体どんな反応を見せてくれるのか。着てもらえるならそれに越したことはないが、いつマイクの効果が切れるか分からないのだから、それくらいは確認しておかないと。
ぱっと顔を上げてそう言うと、名前は目を輝かせてコクコクと頷いた。

「かわいい!」

袋から出してハンガーに掛けておいたワンピースを見せてやると、名前はぴょこぴょこと跳びはねて、まるで喜びを全身で表現しているようだった。

「お姫様みたいやなぁ」

大きな目をキラキラさせて、はぁと感嘆の息を吐く名前を見ていると、初めて会ったときのことを思い出す。ずっと話にだけ聞いていた幼馴染の相方を目の前にして、嬉しそうに微笑んだ名前の姿を。

「名前、俺のお姫様にならへん?」

ふと、しゃがみこんで名前と目線を合わせ言うと、名前はきょとんと不思議そうな顔をした。

「ささら王子様なん?」

なるほど、お姫様になるには王子様と結婚しなければならない、と子供なりに理解しているらしい。俺は王子様ではないけれど、名前を世界で一番幸せな女の子にしてやる気でいるのだが、それではお姫様とは言えないのだろうか。
ごちゃごちゃ言っても仕方ないので、ここはおままごとだと思って頷いた。

「あんな、名前まだ(ちい)ちゃいからな、結婚できひんねんてパパが言うてた」

それは、名前が「大きくなったらパパと結婚する」みたいなことを言って、父親にフラれるときの決まり文句なんだろうか。こんな可愛い子のプロポーズを断るなんて、これより可愛いお嫁さんがどこにおんねん。でも、この天使のような名前を生み育てた母親ともなれば相当可愛らしい人なのかもしれない。それこそ、名前からのプロポーズも真面目に断ってしまうほど。そら羨ましいなあ。
とはいえ、名前にフラれたショックは隠しきれず、しゅんとうなだれると名前は慌ててこう続けた。

「だから、名前が大きくなっても、ささらがまだ名前のこと好きやったら結婚してもええよ」

「ホンマにっ!?」

その言葉に、俺はすっかり蚊帳の外だった盧笙を振り返り「盧笙、聞いた!?」と声を上げる。
盧笙は相変わらず冷ややかな視線を向けていたが、今はそんなこと気にもならない。

(ちい)ちゃい名前相手に言質取ってどないすんねん」

(ちい)ちゃくても名前は名前や」

「……名前の様子見てみい、何も意味分かってないで」

確かに、名前は微塵も照れる様子なく、不思議そうにこちらを見るばかりだけれども。

「大体、元戻ったら忘れてんねやろ、俺も何も覚えてなかったし」

「名前が忘れても俺が覚えてる」

「ロマンチックに言うな、キメ顔すな」

盧笙のツッコミと否定の嵐が、さすがに少し沁みた。分かってるやん、冗談やん。半分くらいは。
わざとらしくしゅんとすれば、盧笙は言い過ぎたとでも思ったのか少し気まずそうなそぶりを見せた。

ふと振り返ると、少々放っていた間に名前はまた睡魔に襲われはじめたようで、立ったままコクコクと船を漕いでいた。倒れたりする前にふらつく身体を抱き留めて、盧笙が用意していた布団に運ぶ。

「ささらぁ……」

「んー?眠いんやったら寝てええよ」

小さな身体に布団を掛けて、上からぽんぽんと叩いてやると、名前はいっそう眠たそうに目を細めつつ、最後の力を振り絞るようにして俺に話しかけてきた。

「お迎え、いつくるん……?」

「……あ」

そういえば、そんなこと言うて連れてきたな。全然寂しそうには見えなかったので気付かなかったが、心細かったのかもしれない。嘘吐いてごめんな、と心の中で前置きをしてから「名前が寝て起きたころには来るで」と答えると、名前はほっとしたように顔を綻ばせ、それからすぐにすうすうと寝息を立てはじめた。

「……盧笙、こんなんでよかった?」

「明日になっても戻ってなかったらどないしよ……」

「それはそれでええけど」

「ええわけあるか、アホ」

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