幼馴染と小さな幼馴染 Take3

――俺も長いことテレビ出させてもろてるからな、分かるで、「お約束」ってやつ。盧笙と名前が(ちい)ちゃなったんやから、そら次は俺の番や。心の準備はできとった。まあ、いくら覚悟したところで(ちい)ちゃなったときには今の俺の意識はないんやろうけどな。

(……の、はずやったのに)

二度あることは三度あるとは言うけれど。まさか同じ効果の違法マイクがまだ出回っていたとは。中王区は何をしとんねん。

「簓!大丈夫!?」

盧笙が残りの雑魚を伸している間に、名前が駆け寄ってくるのが白煙の向こうにぼんやりと見えた。まだ終わってないんやから近寄んな、と手を伸ばそうとしてハッとする。紅葉のよう、とまではいかないものの、いつもより一回りも二回りも小さく、柔らかそうな手の甲が目に飛び込んできた。

(やっぱり(ちい)ちゃなってる……けど……)

ようやく俺の姿を捉えた名前が息を呑んだ。荷物をほっぽり出して、慌てて俺の隣にしゃがみ込む。

「まっ、またあの違法マイクなん……!?」

ま、お約束やんな。最後は俺の番ってわけや。分かるで、分かるんやけど。

(……なんで俺だけ中身そのまんまやねん……)

* * *


「大丈夫か簓!って、うわ……またか……」

いつの間にか全てのチンピラたちを追い払ったらしい盧笙は、振り返ってこちらを見るなり、うんざりしたように言う。

「ど、どうしよう、昔の簓、私らのこと知らんやん」

「……簓も俺のこと連れて帰ったんやし、どうにかするしかないやろ」

完全に俺が記憶まで退行しているものだと思って、名前と盧笙が慌てている。さて、どうしたものかと考え込んでいると、名前がおそるおそる俺の顔を覗き込んできた。

「さ、簓くん……?」

困ったように瞳を揺らしながら、少し震える声でそんなふうに名前を呼ばれる。簓くん、なんて響きを名前の口から聞くのは初めてで、何故か心臓がバクバクと音を立てた。
――あんまり困らせたったら可哀想やから、中身そのままやでって言うたろうと思っとったのに。
そんな心は、一瞬で吹き飛んでしまった。

「……誰?」

俺は、無垢な少年を演じきる覚悟を決めた。

* * *


記憶のないふりの難しさに何度か音を上げそうになったが、名前と盧笙を騙すのは、そう大変なことではなかった。
今の俺はいつかの盧笙と同じ10歳ということになっている。正直もうちょっと上な気もするけれど、見た目がこの間の盧笙と同じくらいだったからだ。盧笙が大きかったのか俺が小さかったのかは分からない。

(……俺だけ記憶残ってるんは、やっぱマイクに耐性あるからやろか)

名前のほうがより昔の姿に、そして長い時間効果があったことを考えると、おそらく間違っていないと思う。
……ということは、戻っても今の記憶残ってるんちゃう?
それなら何か美味しい思いを――の前に、話のネタになるようなオモロいことを、と望んでしまうのは職業病というやつか。

「もうちょっとで着くからね」

不意に名前に声を掛けられて顔を上げる。
いつもより優しい声音にときめくと同時に、幼い自分に少し妬けた。
もうちょっとで着く、なんてことはもちろん分かっている。よく見慣れた、盧笙の家へ続く道だ。

「簓、意外と口数少ないんやねえ」

「いくらアイツでもこんな(ちい)ちゃいときから知らんやつとペラペラ喋らへんやろ」

……喋ったらボロ出そうやから喋ってへんだけやねんけどな。
盧笙の言葉に賛同するように少し照れたふりをしてみると、名前は嬉しそうに「かわいー」と声を上げた。相手は自分自身だと分かっていてもやはり妬ける。

ちなみに、このふたりがどうやって俺を連れてきたかというと、ド正直に「ここは未来のオオサカや」と語りだしたのだ。そのときの俺の「……は?」に演技は必要なかった。確かにふたりとも嘘や言い訳を並べるのは苦手だろうけれど、それを言われる俺の気持ちにもなってくれ。
とはいえ、今の俺は純真無垢な簓少年なので、「はー、未来の技術はすごいなあ」なんて言ってふたりについてきたのだ。俺、いつ演技の仕事来ても大丈夫そうやな。

「じゃあ俺は必要なもん()うてくるから、先上がっといてくれ」

「ありがと、服とか適当に貸したったらええやんな?」

ふたりとも、このマイクを喰らったあとの対応には慣れたものだ。盧笙から部屋の鍵を受け取ると、名前は俺を振り返り「行こ」と言って淡く微笑む。
ついいつもの癖で手を伸ばすと、名前は一瞬驚いて目を丸くしつつも、当然のように俺の手を取った。いつも小さいと思っていた名前の手のひらは、今の俺と同じくらいだった。

「どうしたん?急に甘えたやなあ」

「……間違えた」

「……ママと?」

名前は俺の生い立ちを知っているから、母親と間違えることはないと薄々分かってはいるのだろうが、俺が真っ赤な顔で頷くと、それ以上は追及してこなかった。
部屋に上がると名前は勝手知ったる様子でクローゼットをあさり、盧笙の部屋着であろうスウェットを取り出して俺に手渡す。なんなら俺の服より大きい気がするのだが、普段着よりは動きやすいか、と思って素直に借りることにした。ワンピースのようになっているのは不満だが、無理に下も借りればまた動きにくくなるだけなのは目に見えている。

「お茶淹れたるから座っとき」

「うん……」

名前は何の躊躇いもなく冷蔵庫や戸棚を開け、俺と自分のぶんのお茶を注ぐ。何も知らなければ名前の家なのではないかと思ってしまいそうだ。
テーブルに置かれたお茶を一口啜ると、対面に座る名前はなんだかいやらしい笑顔を浮かべて俺を見ていた。

「な、なに?」

「いや……簓、昔の話とかあんまりしてくれへんかったから」

この機会に聞いておこうかと、と言う名前の顔は、完全に悪役のそれだった。
……まあ、今の俺は小学生やし、変なことは聞いてけえへんやろ。

「簓くん学校に好きな子おるん?」

「ん!?」

飲みかけていたお茶を噴き出しそうになって、ぐっと堪えた。今の俺ら、一応初対面ってことになるんやんな?そんな疑問を抱いているこちらがおかしいのではないかと思ってしまうくらい、名前は曇りなき眼でこちらを見つめていた。

「……おらへん」

「えー、そうなん?」

小学生の時に好きな人がいたかなんて、もう覚えていないけれど、たぶんいなかったと思う。両親のあんな姿を見て育ったのだから。
名前は俺の回答に少し不満げだったが、小学生なんてそんなもんか、と呟いて納得した様子だった。

「お姉ちゃんは、あの盧笙って人と付き()うてんの?」

なんにも知らないふりをしてそう尋ねると、名前は一瞬、丸い目を大きく見開いて固まったあと、声を上げて笑い出した。

「あっはは、そう見えるんや……ふふ、そんなんとちゃうよ」

知ってるけどな。これでもし「実は……」なんて言われたらどうしようかと思った。

「盧笙はな、あんな顔して恋のキューピットやねん」

「は……」

先ほどまで魔王みたいな顔をしていた名前が不意に優しい目をしてそんなことを言うものだから、拍子抜けしてしまった。
――そんなん、絶対俺のことやん。

「……なんか顔赤ない?」

「な、なんもない」

慌ててそう返すと、名前はまたいたずらっ子みたいな顔をしてにいと口角を上げた。それから俺の隣まで歩いてきて、肩を並べるように腰を下ろす。

「簓くん、やっぱり好きな子おるんちゃう?」

「えっ」

俺が頬を染めたのを見てそう判断したのか。今にキスでもされるのではないかと思うほど、ぐいと顔を近付けて、名前は首を傾げた。

「おらん、ホンマに」

「どうせあと何時間とせんうちに二度と会わへん他人になるんやから、恥ずかしがらんでええよ」

いや、俺は戻って忘れるとしてもおまえらは覚えてるん知っとるからな。というか今回はたぶん俺も記憶そのまんまやしな。

「なー、教えてー」

俺の肩にぐりぐりと額を押し付けながら、名前は猫撫で声を出す。可愛いけどなんか既視感あるな、と思ったら盧笙に絡んでいるときの自分の姿だった。

「ちょ、近い、」

時折腕に柔らかいものが触れる。コイツ、いくら相手が俺やからってちょっと油断しすぎちゃう?ガキやと思ってナメとんな?

「……名前」

「え?」

いつものように名前を呼んだつもりだが、まだ変声期が終わっていないのか、自分でもなんだか違和感を覚える声だった。それでも明らかに俺の雰囲気が変わったことには気付いたのか、名前はきょとんとして、ふっと身体を離す。
自称10歳、実際はおそらく中学生の俺とさして変わらない小さな身体にぐいと手を掛けると、名前はわずかに身体を跳ねさせた。しかしすっかり油断していたからか、そのままいとも簡単に押し倒せてしまう。名前は驚いている様子ではあったが、恐怖心はあまりないようで、ひたすら不思議そうに俺を見上げた。

「俺、中身(ちい)ちゃなってないねん」

「……へ?えっ?」

未だ何が起きているか理解しきれていない名前の唇に自分のそれを近付けると、さすがに慌てだした。床に縫いつけていた腕にも力がこもる。

「ちょ、ちょっと待って、いつからっ」

「最初からやけど」

「記憶ないふりしてたん!?」

「ズルい!」って、(ちい)ちゃい俺からよりによって恋愛事情聞き出そうとしてた大人に言われたないねんけど。

「ホンマに待って簓、この絵面はアカン、落ち着こ」

「ええやん、可愛い俺とこんなことできるのたぶん一生で今日だけやで」

「言うてること全然可愛くないねん」

オオサカ市民の悲しい(さが)か、ツッコミに興じて隙を見せた名前の頬にちゅ、と口付けると、名前は「ヒッ」と色気のない声を上げた。

「や、もうホンマに、なんか変」

……何やそれ、なんか分からんけど、めっちゃキた。

「簓やけど簓やないみたいで、なんか、」

「こんなんでも本物(ほんもん)の簓サンやんか」

そう言うのとほとんど同時に、今度こそ名前の唇にちゅうと吸い付く。名前がバタつかせる足を自分の膝で押さえ込みながら何度もそれを繰り返していると、じわりと下腹部に熱が集まりだして、うわ、中学生でもちゃんと機能するんやな、なんて馬鹿みたいなことを考えた。

「待っ、て、盧笙帰ってくるから、」

俺が一瞬ぼうっとした隙に、名前はそんな言葉を紡いだ。その忠告はほとんど手遅れで、その台詞と同時にリビングのドアがガチャと音を立てて開いてしまったのだった。

「ただい――簓おまえ何やっとんねんッ!」

「ゲッ」

俺と名前の姿に気付くや否や、盧笙は買い物してきたビニール袋も鞄も放り投げて飛んできて、俺のシャツの首根っこを掴んで引っ張り上げた。それ一応おまえの服やぞ。

「こんな(ちい)ちゃいときから盛っとんのかおまえは……」

「待って盧笙、(ちい)ちゃい俺の名誉のために言わせてくれ、中身そのまんまやねんて」

「ハァ!?」

ようやく俺から解放された名前がもぞもぞと起き上がったのが視界の端に見えた。おそらく俺の唾液でてらてらと光る唇を手の甲で拭いながら、真っ赤な顔でこちらを見ている。

「……最初から意識はそのままやってんて」

「それでおまえ、何も分からんふりしてついてきたんか」

驚きと怒りを通り越して呆れるばかりの盧笙に、それはそれは冷ややかな視線を向けられた。完全にいつもの俺と同じ扱いだ。

「いや、先に記憶ない(てい)で話しかけてきたんそっちやし」

「ないと思うやろ、俺も名前もそうやったんやから」

言いながら盧笙はそれとなく俺の首から手を離す。すっかり伸び切ってしまったであろうスウェットの首元を整えていると、盧笙はようやく自分がしたことに気付いたらしく、すごく複雑そうな顔をしていた。

「……おまえが俺らよりマイクに慣れとるからか。ほんならすぐ戻りそうやな」

「せやなぁ、俺もなんかそんな気が、あ」

盧笙が名前のほうを振り返った途端、不意に身体が熱くなるような、心臓がざわつくような、不思議な感覚がして、なんとなく「あ、これ戻るわ」と理解した。俺の声に反応して盧笙と名前がこちらを見たときには、俺はもうすっかり成人男性の姿に戻っていた。

「おー、お疲れちゃん」

ひら、と手を上げて見せると名前と盧笙はしばらく顔を見合わせたあと、どちらからともなく大きな溜息を吐いた。

「アホらし……」

「じゃあ私帰るわ」

「待って待って待って、ふたりのときとリアクション違いすぎん!?全然心配せえへんやん!?」

「心配する要素がないやろ」

盧笙の冷たい視線を受け流しつつ、荷物を手に取り本当に帰ってしまいそうな名前の腕を掴む。正直あまり反省はしていないのだが、一応「ごめんて」と呟いておけば、名前は渋々足を止めた。

「俺も俺だけ中身そんまんまで、どないしたらええんか分からんかってんて」

「だからって盛るな、スケベ」

(ちい)ちゃくてもちゃんと反応しててびっくりしたわ」

そう言うと、後ろから盧笙の拳骨が脳天に落とされた。
今度こそ記憶どっか行ってまうかと思った。

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