それは盧笙の部屋にある、もうとっくの昔にイジり倒したはずのアイテム。幼い相方の姿を見て、あーだこーだと言い合った、学生時代の卒業アルバムだ。だが、ここへ来て俺は新たな価値を見出してしまった。
「名前って盧笙と同じ学校やったん?」
とある休日、ネタ合わせのために盧笙の部屋を訪れた俺は、アルバムが仕舞われているはずの本棚を一瞥したあと盧笙に問いかける。両手にマグカップを持って戻ってきた盧笙は、それはもう、まるで犯罪者を見るような目で俺を見ていた。しかし今の俺の心はそれくらいでは折れない。
「……改めてアルバム見たいってか?」
「話が早くて助かるわぁ」
「おまえにそんな趣味ないんは分かってるけど、それでもまぁまぁ気持ち悪いな」
そう言いながらも、盧笙はマグカップを置いて本棚へ近付いた。しゃがみこんで端の本から指を滑らせている盧笙の後ろ姿に問う。
「いつまで一緒やったん?」
「中学までやな。名前は女子校行ったから」
女子校。本当に、変な趣味はないし未成年相手にどうこう考えるつもりもないのだが、それでもなんと甘美な響きか。膝下のスカートを揺らして、クラスメイトにごきげんようなんて言いながら登下校する若かりし名前の姿を想像して、つい口元が緩む。
「……何を想像してるんか知らんけど、そんなええところではないぞ」
幼馴染から何を聞かされていたのか、振り返った盧笙は苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
そしていつか見た仰々しい装丁の本を二冊、俺の前に置くと、盧笙も腰を下ろす。
「こっちが小学校で、こっちが中学」
「おおきに!」
前回見せてもらったときも、それはそれで楽しかったのだが、今回は楽しいの種類も度合いも全然違う。ページを捲る俺の手を見ながら、盧笙もどこか嬉しそうな理由は後に分かった。
「かっ……可愛ええーっ!」
パラパラとページを捲っていると、すぐにそれらしき少女を見つけた。確認するまでもなく俺がそう叫べたのは、隣に盧笙少年が写っていたからだ。
「あんま変わってへんやろ」
「いやいやいや……ん?いや、確かに変わってへんか……?今も昔も可愛ええもんな……?」
「真面目な顔して何言うとんねん」
写真の名前は今と変わらない、あの眩しい笑顔をこれでもかと見せつけている。どの写真もニコニコと満面の笑みを浮かべていて、愛想の良さが伺える。
俺が可愛い可愛いと繰り返していると、盧笙も心なしか嬉しそうにニヤニヤしていた。そりゃ、こんな可愛い幼馴染がいたら自慢したくもなるか。だからこうもあっさりとアルバムを見せてくれたのかもしれない。
「……あ?」
「どないしたん」
ふと俺が声を漏らすと、盧笙も顔を上げて反応する。
「自分、いっつも名前と一緒に写っとんな」
「そら、幼馴染やしな」
「いや、学校やったら他にも友達おるやろ!?って、クラスちゃうやん!なんでこんな一緒におんねん!」
ふたりのクラス写真を交互に指差しながら喚く俺に、盧笙は心底呆れた顔をした。
「何や、妬いてるんか」
「妬くわけないやろ、こんな子供んときの話」
「セリフと表情が一致してへんねん」
おもむろにもう一冊のアルバムを開きながら盧笙は言う。そっちが中学のか。成長してもなおふたりは常に一緒に写っていて(何やコイツ、煽っとんのか)などと考えていたが、写真を見つめる盧笙はどこか浮かない顔をしていて、
「……」
「盧笙?」
「中学上がっても俺がずっと一緒におって、そのまま女子校やったから、アイツ全然男慣れしてへんねん」
「……は?」
突然語られたそれを俺が訝しんでいるのも気にせず、盧笙は俯いたまま続ける。
「なんとか変な男に騙されたりもせずここまで来たけどな、いつまでも俺が面倒見るわけにもいかんし、名前にはそれなりに幸せなってもらいたいし」
「あ、あのー……盧笙サン……?」
恐る恐る口を開くと、盧笙は突然ガバッと顔を上げ、俺の両手を握り、真剣な表情で俺の顔を覗き込んだ。
「せやから簓、絶対アイツのこと逃がすなよ、そんで死ぬまで幸せにしたってくれ」
「いや、おっも、オトンか自分」
握られた手を振りほどこうとするも、思っていた以上の力でぴくりともしなかった。あまりにも切実な盧笙とは対照的に、俺は(コイツ、ホンマにオモロいなぁ)なんて考えていたことがバレたら何と言われるのだろうか。
「盧笙サン?俺ようやく名前サンとお付き合いを始めたばっかりなんですケド」
「……すまん、写真見てたらつい、色々思い出してしもた」
思い出す、という単語に違和感を覚えて首を傾げていると、盧笙はようやく俺の両手を解放して、なんとなしにアルバムのページを捲りながら続ける。
「俺がずっと一緒におったせいで名前が恋愛する機会を奪ってしもたとしたら、俺が責任取るしかないな思とってん」
「いやいやいや、ちょ、それ今の俺に言う?ていうか盧笙、ホンマに重いわ、考えすぎやて」
盧笙は、例えば名前に大怪我を負わせてしまったとか、それくらいのことをやらかしたのではないかと思うくらい、思いつめた表情をしていた。確かに、こんな可愛らしい子にいつまで経っても彼氏ができなかったのは、そりゃ盧笙が絶えず隣にいたせいだろうが、だからと言って盧笙にはなんら責任なんてあるまい。
「もし俺がそのころから名前のこと知っとったら、盧笙なんかガン無視でアタックしとったから、それは周りの男が情けないだけや」
「いや、おまえみたいなんが寄ってきたら全力で止めるわ」
「……前言撤回してええ?」
そんなことを言って、今の俺が名前と出会ったのも付き合えているのも盧笙のおかげなわけで。俺が名前のことを好きだと知っても、止めるどころか協力すると申し出てきたくせに。
「ま、おまえにどうこう言われるまでもなくちゃんと幸せにしたるわ」
「してくれな困るわ、どんだけ手伝うたった思てんねん」
手厳しいことを言いながらも、盧笙はどこか安心したように、くしゃっと顔を綻ばせていた。
「どうもおおきにぃ」
にっと口角を上げて答えると、盧笙も笑った。ふと視線を落とせば、満面の笑みの名前の隣で、幼い盧笙が今と同じように下手くそな笑みを浮かべている。もう嫉妬心なんてなかった。名前を守ってくれてありがとうな、なんて言うのは俺にはまだ少し早いだろうか。