幼馴染と同窓会

中学の同窓会に行く、と言っていた。中学なら盧笙も一緒だと思い、楽しんで()いや、と笑顔で送り出したのが一時間ほど前。夕飯はどうしようか。一人分の用意をするのは面倒だし、一食抜いたくらいじゃなんてことはないのだが、以前そういう生活をしていることを知った名前に、それはもう烈火のごとく怒られてしまったので、とりあえず何か腹には入れておくか……と思い家を出た。

「簓?」

近所のスーパーで弁当のコーナーを眺めていると、不意に背後から声を掛けられる。聞き慣れたその声は、しかし今は聞こえるはずのないもので、

「え、盧笙?なんでこんなとこおるん?」

振り返ると、普段着の盧笙が鞄を片手に立っていた。その姿はいかにもバイト帰りといったふうで、とても同窓会から抜けて何かの買い出しに来たとかには見えない。

「なんで、って……今日ちょっと帰るの(おそ)なったから弁当か何かでええかと思って」

「いやいやいや、そういうことやなくて、同窓会は?」

俺がそう言うと、盧笙は「同窓会?」と不思議そうに繰り返すだけだった。

「名前が中学の同窓会行くって」

「何も聞いてないけどなぁ……あ、クラス単位のやつちゃうか?俺、名前とあんまクラス被らんかったから」

盧笙の言葉に「……え?」と声が漏れる。
いや、盧笙が一緒なら、と送り出した自分は何だったんだ。じゃあ今頃名前は?そういえば、安心しきっていたから会場すら聞いていない。
何か言葉を返すのも忘れて、ポケットのスマホに手を伸ばす。お気に入りに登録してあるので常に最上段に表示されるその名前をタップして電話を掛けるのを、盧笙がぽかんとしながら見守っていた。
そのとき俺は一体どんな顔をしていたのか。電話が繋がるのを今か今かと待っている俺に、盧笙はこわごわと声を掛けた。

「……どないしたん?たかが同窓会やろ」

「たかがって、おまえなぁ」

俺と名前はまだお付き合いというものを始めたばかりで、名前のことは信じているとはいえ、このタイミングでの同窓会に不安になって何が悪い。
――名前は俺が一目惚れしてまうくらい可愛らしいんや、そんな子が同窓会に現れたらどうなるか、同じ男の心理は痛いほど分かるっちゅーもんやろ。

「せめて迎えに行かな」

「……おまえはホンマに、名前のこととなると見境ないなぁ」

「いや、それ盧笙には言われたないわ」

盧笙だって幼馴染にしては過保護すぎるくらい過保護なくせに、何故今回はこんなに悠長なのか。今もスマホ片手にウロウロする俺には目もくれず、呑気に今日の夕飯を選んでいる。
電話は、何コール目かも分からなくなったころ、ようやく繋がった。

『もしもし、簓?何かあったん?』

「何かあったんやないわ、もう!」

名前の声が聞こえてくるなり声を荒げる俺を、盧笙はすっかり呆れた顔をして見ていた。

「今日盧笙と一緒やなかったん!?」

『え、うん、ちゃうけど』

聞いてないし!いや、訊かれてないし。そんな幻聴が聞こえてきそうな軽い口調だった。

「店どこや、迎えに行く」

『そ、それはいいけど……まだあと一時間くらいは』

「分かった、一時間後な!」

会場である梅田の居酒屋の名前を聞いて、電話を切った。盧笙は、男子高校生かと言いたくなるような重たそうな弁当を片手に、じとっとした目で俺を見て言う。

「あんま束縛したんなよ」

「束縛て、ちゃんと行かしたったやん。それに元々名前が危なっかしい言うたんは盧笙やろ」

「それは……そうやけど」

俺がそう返すと、盧笙は気まずそうに目を逸らし、レジへ向かった。俺も適当に弁当を掴んで後を追う。さっさと帰って食べきって、名前を迎えに行かなければ。

先に会計を済ませた盧笙は外で待っていた。

「気ぃ付けや、名前に愛想尽かされんように」

「なんで愛想尽かされなあかんねん」

「いや、俺が言うのもあれやけど、自分重すぎやろ。名前は恋愛経験なんてほとんどないんやから、ひとりのほうが自由でええなーとか考えだしたら終わりやで」

そっち方面に関してはまだまだ子供や、と語る盧笙には、おまえは名前の何やねんとわずかに苛立ちを覚えなくはないのだが、しかし言っていることはもっともで、

「……気ぃ付けるわ」

「おー」

そう言うと盧笙はひらと片手を上げて、うちとは反対方向へ歩いていった。ここで盧笙と会ったりしなければ、こんなに慌てることもなかったのにと思う反面、名前が今ひとりなのも分からないままだったのかと思うと至極複雑だった。

帰宅するなり弁当を掻き込んで、すぐにでも家を出たかったのだが、先程の盧笙の忠告を思い出して踏み留まった。まだ電話から三十分も経っていない。移動時間を考慮しても早すぎる。

(これくらいで嫌われるとは思わへんけど……)

盧笙は俺の何十、いや、何百倍という時間を名前と過ごしているのだ。その盧笙が注意してくれているのを無碍にするのは、あまりにも愚かだと思った。

「……あ、名前の彼氏として迎え行くんやし、もうちょっとええ服着てこ」

もしこの場に盧笙がいたら、呆れ返って大きな溜息を漏らしそうな独り言を吐きつつ、着替えをしてから家を出た。

* * *


電話からギリギリ一時間経ったころ到着した会場はよくある居酒屋で、表の看板に記されたいくつかの団体名の中には、見覚えのある中学校の名前と"三年一組"の文字があって、なるほど、確かに盧笙の言う通りだった。
名前に到着したことを伝えるためスマホを取り出すと、ちょうど店から出ようとする人影があったので、視線はスマホの画面に落としたまま一歩下がる。通話ボタンを押したところで、その人影に声を掛けられた。

「簓、ここにおるよ」

そこには、バイブ音を鳴らすスマホを掲げながら、こちらを見上げ微笑む名前がいた。アルコールが入っているのか、心なしか顔が赤く、いつもより機嫌もよさそうに見える。

「一時間ぴったりで来そうやなぁと思ったら、ホンマに来た」

ちゃんとお会計とか挨拶とか済ませてきたで、と続けながら名前はケラケラと笑っている。
いつまでも店の前に立っているわけにはいかず、とりあえず名前の手を引き、駅に向かって歩き出した。小さな手はぽかぽかと温かく、(まぁまぁ飲んでんな)と思った。

「まだ着いてなかったらどないするん、中で待っとかなアカンで」

「んー……でも、()よ出てきたかったから……」

そう言う名前は急に浮かない顔をするので、「なんで?」と問いかけると、うーんうーんと唸ったあと、ゆっくりと口を開いた。

「なんか、みんなしつこく二次会とか誘ってくるから……明日仕事やし、迎えも来るって言うてんのに」

その言葉に一瞬足が止まった俺を名前は不思議そうに見上げる。

「簓?」

「それ、男ばっかりやったんちゃうん」

「え、うん……女の子も一緒やって言うてたけど」

きょとんとした顔で答える名前は、きっと俺の心情なんかこれっぽっちも理解していないのだろう。
ほれ見たことか!と心の中で相方に叫んでから、名前の両肩を掴み向き合った。

「名前はもっと、こう、警戒心っちゅーもんを持たなアカンで」

「警戒心」

オウムのように繰り返す名前のとろんとした目を見て、(あっ、コイツ酔っ払いやった)と思い出して説教は早々にやめた。再び歩き出した俺に何か言うこともなく、名前は黙って手を引かれるまま付いてくる。

――というか、名前は悪くないんやから、怒ったらアカンのやろなぁ……盧笙が言うてたんも、たぶんそういうことや……。

よくもまぁ、こんな天然記念物をここまで守ってきたものだ。とはいえ、これほどの天然記念物になったのも盧笙のせいなんだけれども。

「簓、なんか怒ってるん?」

俺が無言になっていたからか、名前が斜め後ろで不安そうな声を上げた。慌てて振り返ると、しゅんと眉を下げて瞳をわずかに濡らしてこちらを見上げている。そんな顔をされてしまったら俺は何も言えなくなってしまうのを分かってやっているんじゃないかと一瞬考えるのだが、コイツに限ってそれはない、というのは重々承知だ。

「なーんも怒ってへんよ!せやからそんな顔せんとって!」

「でも……」

「ちょっと考え事してただけやから!」

努めて明るく笑顔で言ったのに、名前の表情は晴れなかった。挙句「……嘘つけ」とまで言われてしまったら、もう為す術がない。

「あー、ホンマに怒ってないで、でもなぁ……んーと……妬いた?」

「やく?」

「おー、やっと俺のもんになったばっかやのに、他の男にちょっかい掛けられて、妬いてんねやろなぁ」

まるで他人事みたいに言う俺に、名前は相変わらずきょとんと不思議そうな顔をしていて、更には「なんで?」なんて追い打ちを掛けてくるのだ。いや、話聞いとった?

「今、全部断って簓の隣におんのに、なんで妬かなアカンの?」

「なっ……」

コイツは、恋愛経験ほぼゼロのくせに、一体どこでこんな台詞を覚えてくるのか。
あまりの衝撃に何も返せず天を仰ぐ俺に、訝しげな視線を向けている。

「いや……はい、その通りです」

「なんで敬語なん」

名前はむすっと唇を尖らせ、繋いでいた手をぱっと離したかと思うと、するりと俺の腕に絡みついてきた。その温もりと柔らかさに、俺は名前から顔を背け、空いているほうの手で顔を覆う。

「あー、もう勘弁してぇな」

まったく自分の現金さに呆れてしまう。先程までの焦燥や嫉妬なんてはるか昔のことのように、今はもう、名前が俺を選んで隣にいることへの喜びや優越感で胸がいっぱいなのだ。
きっと耳まで赤くなっているであろう俺を見て、名前はようやく安心したのか、んふふ、と嬉しそうな声を漏らしていた。

「機嫌直った?」

「せやから別に怒ってへんて、んで自分は機嫌良すぎや」

「だって、簓が迎えに来てくれると思ってなかってんもん」

「……それだけでそんなご機嫌なん?」

俺の肩に頬を擦り寄せては嬉しそうに目を細める名前に問うと、「アカンの?」と返ってくる。
何なんだ。酔った姿は何度か見ているはずなのに、こんなデロデロに甘えきった名前は初めてで脳の処理が追いつかない。いつもはもっと、おしゃべりに拍車がかかって――もしかして、盧笙の姿がないからか?盧笙というツッコミ、そして保護者の姿がないからなのか?

「アカンくないけど、そういうのは俺の前だけにしよな」

「うん」

もうすぐ駅に着くというのに、名前は一向に離れる気配がない。ま、この状態でこんだけ人通り多いとこ歩いてきたらもう一緒か、なんて言い訳がましく頭の中でひとりごちて、もうしばらくだけ、この温もりを堪能しようと思った。

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