お見事、と最初に口を開いたのは村上鋼である。

鈴鳴第一で[こん]の後ろから藤宮目線ではあったが戦いを見ていた来馬隊は全員、藤宮の散弾銃を連想させる程のアステロイド・ハウンド・バイパーと、曲芸のような狙撃に言葉を失っていた。その中でも[こん]は自分の助けなど必要無かったのではないかと支援を申し出た数分前の自分に恥ずかしさすら抱いていた。

その静寂を破ったのが村上の発言である。それでも戦闘中に誰もそれ以上の事を言わなかったのは、ただこの状況を例える語彙力も、適切な言葉も、何一つ思い浮かばなかったからだ。

「来馬先輩は藤宮さんの戦い方、たくさん見たことあるんですよね?夜にあんな狙撃できるんですか?」
「模擬戦でもあんな規格外の戦い方はしないから、初めて見る動きだったよ。あの狙撃ができるのは藤宮さんのサイドエフェクトがあるからかな」
「サイドエフェクトですか」

村上の質問に来馬が答え終わると同時に藤宮から通信が入った。

[こん]!今からあの反応の所にいくから支援頼む!反応はどうなった?》
《っ、はい!えっと、反応増えてます。援軍、でしょうか。二手に分かれているようです》
《えっ!うーん、とりあえず遠くから様子を見るから、反応は全て射手だと想定して、射線に入りそうな距離に近づいたら教えて》
《了解》

藤宮が現場に急行すると最初に時枝が見えた。見つからないようにビルの屋上に身を屈め、スコープを覗き、全体を見渡すと同時に[こん]へ連絡を入れる。

[こん]、広域マップを視界に展開》
《了解。視界に表示します》

スコープ越しに素早く視線を走らせ、マップと照らし合わせる。

《南から反応にタグ付け、南西時枝、南東出水、その北三輪、左嵐山、北西左から木虎、米屋。次は東方左から、迅、太刀川、風間、そこから下に移って歌川、あとそっちからは分からないと思うけど狙撃手が4人、佐鳥、奈良坂、古寺、当真。タグ付け終わったら視界は今作ったマップだけを表示して》
《了解、視界にマップのみを展開します》

さてどうしたものか、マップとスコープを交互に見ているが、どう見ても迅と嵐山隊が太刀川達の連合部隊に攻撃を仕掛けられているようにしか見えない。どちらが正義でどちらが悪かなど微塵も興味は無いが、数の有利というものはある。おそらく迅と嵐山隊が太刀川達に攻められ、苦戦をしているのだろう。

「まったく。どうせ発端は迅なんだろうなぁ」

スコープを覗きながらしばし眺めていると蒼也達がピンチになっていた。風刃相手にスコーピオンはキツいだろうなぁ。俺ならアステロイドか狙撃だな。風刃と戦ったことないけど。

蒼也には悪いがどちらかに荷担するつもりもないので傍観していたけれど、やはり迅達が不利だ。迅が負けるとは思わないが、大勢を相手にする大変さはソロである自分がよく知っているつもりだ。さっき反応が増えたって[こん]が言っていたし、この状態ならば加勢したのは嵐山隊だ。

二宮は城戸さんが怒っていたと言っていた。太刀川達が居るならば、城戸派と忍田派と迅ってところだろう。忍田さん嵐山隊を向かわせるなんてかっこいいな。さすが。

[こん]、今から通信回線もう1つ作れる? 送受信の制限は無しで大丈夫だから》
《はい、可能ですがトリオン体になっている隊員全員に聞こえますが本当に大丈夫ですか?》
《大丈夫大丈夫。それじゃあ俺はその間に米屋達の所に行って、事情聴取してくるね》

ビルから旧民家の屋根へ、藤宮はさながら空を飛んでいるように静かに急行し、米屋の影を見つけると物陰に隠れながら近づいた。

「よーねや、何してんの?」
「げっ、藤宮さん……」
「失礼だな。何で木虎ちゃんをイジメて何してんのさ。木虎ちゃん大丈夫?頬切れてるよ」
「あっ、すみません大丈夫です。トリオン体ですし」
「トリオン体でもダメだよ。女の子なんだからね」
「藤宮さん! 俺イジメてなんていませんよ! これは任務です!」
「どんな任務?」
「えっと……、」

答えてはいけないことだったのか米屋が返答を迷っていたので、鞘に入れて使っていなかった弧月に手を伸ばすと、『あー、えっと、そのですねぇ……』と間にワンクッション置いてから、意を決したのか俺の目を見て続きを話し始めた。

「玉狛の[ブラック]トリガーを取ってこいって任務です」
「迅の?」
「あれ? 藤宮さんあの人型近界民に会ってないんですか?」
「人型近界民?」
「玉狛が[ブラック]トリガーを持った人型近界民を匿ってるんです。そいつが玉狛支部に入る事になったら、玉狛に[ブラック]トリガーが2つになって、ボーダー内の勢力が崩れるから回収してこいって命令です」
「へぇ。それなら尚更見過ごせないなぁ。勢力なんてどうでもいいと思わない?」

手放したイーグレットが床に落ちてガシャンと音を立てた。その音に気を取られたのか米屋の視線が下を向く。

「戦場で目を反らしちゃダメだよ」
「えっ、」

米屋の首元に弧月の切っ先を付けると小さくトリオンが漏れた。もう少し避けてくれると思ってたけど、初期動作が遅かったから最後まで避けきれなかったってことか。これは俺が信頼されてるってことでいいのかな。

「あっちゃー、まさか藤宮さんから攻撃されるとは思ってなかったです」
「でもあの体勢で避けられたの初めてだから米屋も腕を上げたね」
「マジッスか」
「まじッス」

弧月を鞘に戻して米屋の頭の上にポンと手を乗せると、米屋は少しだけくすぐったそうに笑った。

「さーて、米屋と木虎はさ、俺の仲間になってくれないかな?」

2人が同じように首を傾げた。

「えっと、今から俺に協力してくれるなら悪いようにはしないけど、仲間になってくれないなら今ここで緊急脱出[ベイルアウト]してもらうか、俺がさせるね」

にこやかに提示されたあってないような選択肢に米屋と木虎は首を縦に大きく振った。

20151103



夜の鷹
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