俺の弾は真っ直ぐ、狙い通りに飛んでいく。このままならスコープのやや右上。うまくいけば当真の頭を抜けるかもしれない。
その俺の弾道の横を当真の弾が通り抜けていく。
よし。着弾地点を考えると木虎の頭よりやや上だ。当たったとしても木虎の右耳か右腕が飛ぶくらいするかもしれないが、上出来。
当真の弾丸を目で追うと、時枝が手を引いて着弾点をさらにずらし、木虎を守った。かっこよすぎだよとっきー。
しかし今の狙撃で誰かがここに居ることと位置は把握されてしまったのは明白だ。ならば今のうちに声をかけておこう。
《おーい当真ー》
隊員全員が驚いた。今ここで通信できるはずのない人間の声がする。しかも介入されたら厄介で、邪魔で、一筋縄ではいかず、
緊急脱出させるには苦労しそうな面倒くさい人物。その声の主が呼んだ相手は驚きながらもそうであって欲しくない希望を込めて声の主を確認した。
《もしかして、藤宮さん?》
《正解! 当真からなら見えてると思ってたけど買い被り過ぎた?》
当真が狙撃位置を探すとバッグワームを着け、左手にイーグレットを持ち、空いた右手を軽く振っている藤宮が立っていた。
《うわ、本当にいた。もしかしてさっき邪魔をしてきたのは藤宮さんですか! もう少しで俺の頭直撃でしたよ!》
《当たれば良かったのに》
《狙撃は俺の方がまだ上ってことですね》
《あと200メートル近かったら俺もできる》
《それ全然自慢じゃないです》
さて、当真との雑談はここまでにして、俺は通信機に手をかける。
《よく分かってないけど、派閥争いなんだよね? それにしては多勢に無勢でひどいと思わない? よく考えてみて、今、一時的でもいいから俺の仲間にならない? 迅とも太刀川と戦えるよ。風間を狙撃したりもできるし、どう?》
どうだ、これなら俺の仲間が増やせるか、と思ったが、通信機の向こうから大きな大きなため息が聞こえた。
《来たんですか》
《その声は蒼也か、ごめんごめん自分から巻き込まれに来た》
《先程のご提案ですが、誰も乗らないと思いますよ。結局は派閥争いなんです。
黒トリガーを持ち帰るかどうか、そこが問題なんです》
《うーん、それならやっぱり俺が全員を相手にするしかないのか》
その言葉に再び全員が固まった。
この状況で目の前の相手に加えて厄介な第三者を迎えることとなった戦場には、安息の場所がなくなったも同然だ。
《待って待って藤宮さん!》
《迅か、後で覚えてろよ》
《そうじゃなくて! 俺達がなんとかするから! 藤宮さんは介入しないで!》
《よみ逃した?》
《……はい》
まだまだだなー、と思う半面、そう言えば数日間迅と会ってなかった気もする。
《迅、
俺は嫌だからね》
何が、と迅が問う前に通信は一方的に切れた。
藤宮が下を見るが、もう出水の姿はない。
米屋と時枝は
緊急脱出したけれど、木虎の足はもう自由に動かせないだろう。割に合わない計算だ。
あの時に狙撃ではなくアステロイドを木虎にも当てるつもりで出水に放っていたら、出水も
緊急脱出させることができていたかもしれない。判断ミスだ。
頭を冷やすために深呼吸をするとキラリと月明かりを浴びた弾丸が真っ直ぐ俺の眉間を目掛けて飛んでくる。
「シールド」
眉間部分に小さく厚く張ったシールドが弾丸を受け止めた。当真すごいな、あの距離で正確に俺の眉間を狙えるのか。
どこかで当真の小さな舌打ちが聞こえたような気がしたが、気のせいにしておこう。
当真に見つかったこともあり、場所を移動しようとイーグレットを抱え直した時、通信が繋がる音が聞こえた。
《こんばんは、綾辻です》
《綾辻! こちら藤宮。これ嵐山隊全員に繋がってる?》
《はい》
《ありがとう! 借りるね! 嵐山! 聞こえるか?》
《はい、聞こえます》
《今からそっちに加勢する。作戦を教えてくれ。もちろん狙撃ポイントは洗い出してあるよな?》
《もちろん》
嵐山と合流するために綾辻の指示を貰いながら合流を急ぐ。
ひとつ、またひとつと
緊急脱出していく光が見える度に胸が苦しくなるのは何故だろう。仲間が仲間を倒すのが嫌なのだろうか。模擬戦でも訓練でもランク戦でも嫌と言うほど見てきたじゃないか。俺だって二宮達を緊急脱出させた。傲慢だ。
違う、夜だからだ。何でだろう。自ら夜に居るのに、20年以上経った今でもまだ夜に慣れていない気がする。
嫌な思考が頭を巡り始めた時、前方に嵐山が見えた。
「嵐山!」
「おおー! 本当に司さんだった! こんばんは!」
「こんばんはって……、緊張感ないなぁ。作戦は聞いた。俺はお前の援護をする」
「それは助かります。出水の攻撃に耐えられるか少し心配だったんです」
「だよなぁ。俺も同じ考え」
俺達が相手にしなければいけないのは出水、三輪、当真の三人だが、ここまでトップチームを引っ張ってきた城戸さんは本当に喧嘩を売りにきているとしか考えられない。
作戦通りに公園へ出ると出水が近づいて来た。
「嵐山さんみっけ! って藤宮さんもやっぱりこっちに来たのか。メテオラ!」
「シールド!」
防げないことはないのだが、シールドがどんどん削られていく。出水のトリオン量と威力は理解していたはずだが、真正面から受けたのは初めてかもしれない。やはりさっき
緊急脱出させておくべきだった。
「ふたりとも耐えるなー」
「出水、深追いするなよ。木虎の奇襲に警戒しろ。俺はてっきり藤宮さんを奇襲に使うと思ってたんだがな。あんたの有能な部下はどこへ行った?」
「さぁ?」
「嵐山演技ヘタだよね。ところで三輪、俺、奇襲下手だよ? それにこんな状態の嵐山がひとりで出水の相手をするのは酷だろ」
本当は三輪の言う通り俺が奇襲をしてもいいと思ったが、そこは嵐山隊の連携に任せてもらいたいと嵐山に頼まれた。
だから俺は嵐山を援護しつつ、辺りを見渡す。
目にトリオンを集中させるイメージで索敵をすると、すぐに当真を見つけることができた。珍しく距離を取らない戦法をとっているようだけれど、俺が相手ならそれはマイナスだ。
嵐山に当真の居場所を小声で伝えると「やっぱりすごいですね」と少しだけ目を丸くしたが、長く話している時間はない。嵐山は出水のメテオラをテレポーターで避け、俺はシールドを張った。さて、当真がどちらを狙うか。
当真を見ると嵐山に照準が合っている。なるほど懸命な判断だ。さっきの狙撃で俺が
ある程度見える事を理解したのかもしれない。それが唯一の正解で、俺を狙撃するなら確実に背後をとるべきだ。当真の狙撃手としての腕はただ狙撃がうまいだけではなく、狙撃をするまでの判断にもあったということか。
でも残念。狙撃手は居場所がバレたらおしまい。ほら後ろに木虎がいる。奇襲成功だ。
――当真
緊急脱出。
出水と三輪がそれを見て驚き、嵐山に攻撃をしようとしたが、それは佐鳥のツインスナイプによって阻まれる。
それとほぼ同時に遠くでまた二人、
緊急脱出した。
《
今、いる?》
《はい》
《色々ありがとね。今の
緊急脱出は太刀川と風間であってる?》
《はい。反応消えています》
《よし、終わったか。本当にありがとう。今度お礼させて》
《いえ、そんな》
《いいからいいから》
《それではお言葉に甘えさせていただきます。この通信はどうしますか?》
《とりあえず嵐山隊の通信以外は全部切りたいと思ってるけど、できる?》
《はい、可能です。綾辻さんに引き継いで貰いますね。それでは私からはここまでで》
《遅くまでごめんね。ありがとう。おやすみ》
《おやすみなさい》
通信の切れる音がなんとも冷たく耳に響く。
今には申し訳ない事をした。長時間のオペレーションに加えて、通信関係は全部任せてしまったし、何より一番関係のない支部の人間を巻き込んでしまったことは帰ったら城戸さんからとんでもなく怒られそうだ。
個人だからといって夜間防衛以外の通信設定を作らなかったのは根本的なミスだ。夜間防衛に出るメンバーに自動的に繋がるようにしてもらっている便利なものではあるが、今度冬島にトリガー起動時の通信設定を細かく設定してもらいに行こう。
「任務達成ですね」
「嵐山さん見ましたー?俺の必殺ツインスナイプ」
「ああ、木虎、賢、よくやった。充と綾辻もよくやってくれた」
「佐鳥、ツインスナイプすごいね。勉強になった」
「藤宮さんに褒められると照れますね!」
さて、俺は一度本部に戻って
緊急脱出したみんなに温かい飲み物でも買ってあげよう。
嵐山達にお疲れ様と声をかけると、藤宮さんもありがとうございます、と労われたが、今回俺は何もできていない。彼らが自分で考えて自分で行動した結果だ。
「帰ろうか」
俺が三輪と出水の方向を向くと、三輪は険しい顔をしてこちらを見据えた。
「
近界民を庇ったことをいずれ後悔する時が来るぞ。あんた達は分かってないんだ。家族や友人を殺された人間でなければ近界民の本当の危険さは理解できない。近界民を甘くみてる迅はいつか必ず痛い目をみる。そしてその時にはもう手遅れだ」
悲しみを訴えるかのように嵐山に向かって言葉をぶつける三輪は、あふれた感情をどうしたらいいのか分からず口だけが勝手に動いているようにも見えた。
「甘くみてるってことはないだろ。迅だって
近界民に母親を殺されてるぞ」
「おい嵐山、それは、」
じっと三輪の目を見つめる嵐山も俺と同じ感情なんだろう。それでも真っ直ぐな瞳ができる嵐山も本当にいいやつだ。だからこそ俺が止めに入ろうと三輪と嵐山の間に立とうとしたが、嵐山に左手でそっと静止させられた。
「5年前には師匠の最上さんも亡くなってる。親しい人を失う辛さはよく分かってるはずだ。
近界民の危険さも、大事な人を失う辛さもわかったうえで、迅には迅の考えがあるんだと俺は思うぞ。それに司さんも、でしょ?」
「そこで俺に話をふるか?」
「でもそうですよね?」
嵐山の言う『そう』は俺の境遇を知っているから、同じ土俵に立つ者を増やしたいという考えと、あなたも迅と同じ考えですよね、と期待を込めた確認の2つだ。
しかし残念ながら俺はどちらでもない。
「俺は迅とは違う。俺の両親は
近界民に殺されたらしいけど、俺はまだ幼すぎて家族がいたことすら覚えてないし、近界民に特別な感情もない。強いて言うならこの三門市とボーダーの仲間を守りたいってだけかな。あとは育ての親が城戸さんだからっていうのもあるかもしれない」
「え、そうだったんですか?」
「あれ?嵐山も知らなかったの?」
「城戸さんの事は初めて知りました」
「そう言えばあまり人には言ってなかったかも」
三輪はそのまま肩を落とし、目線を地面に向けた。三輪は物分りが良い分、迅や俺の考えに悩むかもしれない。何が正しいのかなんて迅のように未来がみえるわけでもないから分からないけれど、三輪も間違っていないと思う。いつかもっと視野を広げて、よい隊長になりますように。
嵐山達が帰ろうとしている中、ずっと下を向いていた三輪が握り拳をさらに強く握って持ち上げた。
「おっと、やめとけ」
握っていた拳を街灯にぶつけようとしたところを俺が間に手を入れて止めると、はっとした顔で俺を見たが、今の俺にはその顔にかける言葉は見つからなかった。
20151126