夜間防衛任務もあるが、一度本部に戻った俺は嵐山隊と共に自動販売機の前に来た。

「何飲む?」
「佐鳥はこれがいいです!」
「私もいいんですか?」
「もちろん。綾辻もお疲れ様、好きなものを選んで」

トリガーを解除させた各々はどれにしようと楽しそうに飲み物を選んでいる。小銭ではなく札を吸い込ませた自動販売機なら5人分は余裕だろう。

その様子を少し離れた場所で見ていた俺の元にあたたかいコーヒー片手に嵐山がやって来た。

「司さんはこれから夜間防衛に戻るんですか?」
「うん。そうだけど、どうかした?」
「いえ、お疲れのようなので」
「そうかな?」
「そうですよ。俺代わりますんで休んでください」
「嵐山のトリオン体の修復はもう少しかかるし、俺は大丈夫だから早く寝な。それに明日も大学行くでしょ?」
「そうですけど……」
「ほらほら、ここからは大人に任せて帰って欲しいな」

お礼を言いながら帰って行く嵐山隊と、何度も何度も振り返る嵐山を見送り、一度部屋に戻って洗濯機を回し始めた時に、自販機からお釣りを取るのを忘れていたことに気がついた。無くなっていても構わないが一度気になってしまっては他の事が手につかなくなってくる。仕方ないのでさっきまで居た場所に戻ると迅と蒼也と太刀川がいた。

話を立ち聞きするつもりもなかったが、思わず隠れてしまったのでそのまま3人の会話を聞いていると。ああ、そういうことかと納得した。[ブラック]トリガーを持っていたのはあの時会った空閑遊真で、迅は自分がそうであったように遊真に笑って欲しかったのか。

でも俺はそれ以上に迅の手元に風刃がないことが受け入れられなくて、その場で[うずくま]った。

話は終わったのかその場から去る迅は、視界の隅で俺を捉えたが、目を合わせずに足早に玉狛支部へ帰って行く。

追いかけて、引き止めて、迅の内側にある気持を吐き出させるべきだと思ったのに、俺の中でも気持が整理できなくて、自分を抱き締めるので精一杯で、どうしても迅の手を掴めない。

未来とか、最善とか、それは迅にしか分からないことだけれど、最上さんは迅に持っていて欲しかった。ただそれだけをどうしても迅に伝えたくて、自分の頬を両手で挟むように叩いた。俺が弱音を吐いてどうする。あの時の小南桐絵を思い出せ。俺を外に連れだしたあの強引さを。

立ち上がって[すそ]を払い、トリガーを起動させて足早に本部を出たが、すでに迅は居なかった。夜の三門市を駆け抜けて、玉狛支部へと急ぐ。

近道に放置地帯の屋根を駆けると、逃がさないと言っているように月が追いかけてくる。自分の影がとても濃く、大きい。

自己最短記録ではないかと言えるほどの早さで玉狛支部に着くと同時に扉が開いてとりまるが出てきた。

お互いほぼ同時に目の前に現れたので俺もとりまるも驚いたけれど、とりまるは直ぐにいつもの男前に戻った。

「こんばんは。藤宮さんがひとりで来るのは珍しいですね。迅さんならさっき帰ってきましたよ」
「ありがとう。とりまるはバイト?」
「はい。そうです」
「暗いから気をつけろよ」
「藤宮さんも」

とりまるはいつもと変わらぬ顔をしていたけれど、迅は何も言わなかったのだろうか。とりまると入れ違いに玉狛支部の中へ入るとリビングで話し声が聞こえたのでまずはリビングへの扉を開けた。

「こんばんはー」
「え、何で藤宮さんが来るの!?」
「小南、急に来てごめんね。えっと、迅は部屋?」
「うん。部屋にいるけど」
「そっか。小南は今日、ここに泊まるの?」
「決めてない……。」
「そっか。もし帰るなら送るから、絶対ひとりで帰るなよ」

小南が目を見開きながら首を大きく何度も縦に振るのを見送って、迅の部屋に向かう。

扉をノックしてみるけれど返事はない。寝てるかと思ったがおそらく起きてる。さっき俺を見たし、こうなる未来はみえたはずだ。

「おい、迅。起きてるだろ」

部屋に入ってベッドに仰向けで寝転がる迅に向ってそう言うと、起き上がる事もなく、ころりとその場で身体を横向きにさせてこちらを見た。

「聞きたいことは山程あるけどまずひとつ、どうしても聞きたいことがある。俺の携帯に蒼也から連絡があったけど、あの時に蒼也は遠征に行ってたよな。でもあの番号は確かに蒼也のものだった。あの電話はお前か?」
「本当に順番に聞くんですね。あれは二宮さんが風間さんの携帯借りてかけました」
「なんでそんな必要があったんだ?」
「二宮さんの言葉じゃ素直に言うこと聞いてくれない未来がみえたから」
「お前ら二人で共謀してたのか」
「いや、風間さんも協力してくれたから三人かな」

よく考えてみれば分かったことだ。蒼也はあんな一方的な電話はしない。あの電話は俺の未来を変えるためのただの布石のひとつで、特に意味はなかったのだろう。

「つまり、あの電話で素直に鈴鳴に行った時点では俺はこの争奪戦には巻き込まれなかったわけか」
「そういうことです」
「どこで未来が変わった?」
「藤宮さんが穂刈を緊急脱出[ベイルアウト]させたところ」

意外だった。迅の話を聞くと二宮隊と穂刈の連携がもう少し取れていれば、俺は相当追いつめられてたらしい。「二宮さんは藤宮さんに甘いところがあるし、不確定要素が多すぎた」と迅は反省していたけれど、俺はそうは思わない。二宮は強いし、俺が負ける未来も確実にあっただろう。

「よし、次の質問。風刃を手放したっていうのは本当か?」
「やっぱり聞いてたんですか。本当ですよ」
「俺言ったよな?『嫌だ』って」
「聞きました。でも未来はもう動き出してるんです」
「お前はいつもそうだ」
「すみません。藤宮さんが使ってくれたら嬉しいんだけど」
「嫌だ」
「そう言うと思いました」

風刃争奪戦の時も参加しなかったですもんね、と苦笑する迅の横に吹っ切れたような顔をした藤宮が寝転がった。

「迅、今日はこのまま寝る?」
「ん、明日の朝にシャワー浴びることにする」
「じゃあさっさと寝ろ。寝るまでここにいるから」
「ありがと」

迅は藤宮の顔の近くに自分の顔を移動させて、そのままゆっくり目尻に指を触れさせた。

「相変わらず綺麗な目ですね」
「そうか?」
「うん。でも少し疲れてる」
「俺が? そんなことないよ」
「ううん。数日間は無理しちゃダメ。俺のサイドエフェクトがそういってる」
「そうか。それなら仕事以外は極力出掛けない」
「そうして。じゃあおやすみなさい」
「うん。おやすみ」

俺に血の繋がった家族は居ないけれど、きっと兄弟がいたらこんな感じなのだろう。せめて迅と小南だけでも俺の手の届く場所で幸せになって欲しい。

そう思いながら迅の寝顔を横目に俺は静かに部屋を出た。

20151127



夜の鷹
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