満月が高い夜の空に輝く、静かすぎる三門市第三中学校の屋上に降り立った藤宮は辺りを見回してから口を大きく開けて欠伸をした。トリオン体なのだから眠くはならない筈なのだが、もはやこれは癖なのか自然の摂理なのか。

少し考えてみたものの、トリオン体についてそれほど知識があるわけでもなかったので思考を放棄して市内を見渡すことに集中した。

「藤宮さん」
「ん、迅か。気配消して近づいてくるなよ」
「消してるつもりはないんだけど……、あのさ、これからさ、色々ありそうなんだ、だから、力を貸して欲しい」

珍しくぼんち揚も持たずにやって来た迅悠一は言うことを言うと返事も待たずにそのまま頭を静に下げた。

「まあ迅が頼むってことは面倒なことなんだろうな。未来の俺が手伝ってるんじゃないのか?」
「不確定な事が多すぎるんだ」
「そっか、迅には色々世話になってるし、できることはするよ。はぁ、だから! いつまでも頭下げてんな!」
「いたっ!!」

大きく振りかぶって叩かれた頭はとても痛く、迅は涙目で藤宮を睨んだ。

「は?お前今トリオン体じゃねぇの?」
「さっき解除した」
「俺に殴られるって分かってただろ」
「まあね」
「マゾか」
「ははっ、そうかも」

俺が迅の味方をしない未来なんてあるのだろうか。不確定で小さい未来でも、そんな選択をするとは思えなくて、迅が寝ぼけてみた夢の話であって欲しいと思った。

会話が無くなって夜の静寂がまた俺達を包み込んだ。迅は何かを言おうとして何度もそれを飲み込んでいる。気づかないとでも思ってんのか。

「迅、よく聞け。あの大きな満月が小南な。で、その近くの、あの馬鹿みたいに明るく光ってる星が迅な」
「小南大きくない!?」
「俺、小南が笑ってくれればそれでいいかなって思ってるんだ」
「おれは?」
「お前は俺のことなんて気にせず明るい未来を馬鹿みたいにゆるゆるの顔で願ってればいいんだよ」
「さっきからひどくない!? 馬鹿っていいすぎじゃない!?」

迅のツッコミが面白くてちょっと大袈裟に言ってみたけど予想通り楽しい。

歳は違うけど小南は幼馴染みだし、迅はよくできた弟だ。二人とも俺の大切な家族。俺の大切な大切な何にも変えられない家族。

「またいつでも来いよ」

俺がそう言うと、にこりと作り笑顔を見せた迅はトリガーを起動させて「ありがとう」とそのまま背を向けて帰って行った。

勝手なやつだ。


夜の鷹
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