火曜日 : 嵐山がついてくる
玉狛支部の
黒トリガーについては風刃と引き換えに遊真がボーダーに正式入隊できることで落ち着いたようで、それ以上もそれ以下も、何も起きなかった。今さらそれを考えても仕方がない。それは良しとしよう。それは。
問題は嵐山だ。あれ以来やたらと嵐山が優しい。もともと優しい人間であることは知っているが、それにしても輪をかけて優しい。
しかし今は優しいことも棚に上げておこう。優しい度合いがアップしたんだ、きっと。
一番気になるのは最近よく出会うことだ。様々なことをスルーし、許容し、棚に上げたとしてもおかしい。嵐山が俺の生活リズムに合わせているとしか思えない。
偶然ならいいのだけれど、俺のリズムに合わせてしまっては嵐山の体調が崩れてしまうのは目に見えている。もうすぐボーダー正式入隊式で広報の嵐山隊は本来の任務に加えてオリエンテーションも任されているから忙しいはずだ。
「と、言うことで、嵐山」
「はい!」
「どうして俺の後ろを歩いているのかな?」
「お気になさらず!」
「気になるよ!」
思わず大きな声を出してしまい、自分の頭に響いて痛い。
珍しく私服のままクリップファイルに綴じられた紙をペラペラとめくりながら俺の後ろを歩く嵐山は、とても器用に何かにぶつかることもなくただ粛々と付いて来る。見ている紙はおそらくオリエンテーションの資料だ。
「嵐山さ、今日何時から本部にいるの?」
「朝の7時です」
「大学は行くの?」
「午後から少しだけ」
健康的と言えば健康的なのだけれど、それにしても夜間防衛明けの俺の後ろに付いて来るのは不自然すぎるだろう。
「嵐山、何か隠してる?」
「隠しているのは司さんですよ?眉間に皺が寄ってます」
「えっ、」
確かにあの一件以来、頻繁に起こる高いキーンとした耳鳴りに悩まされているのは本当だが、それを誰かに話したことはない。
しかし過剰に心配されるのも何だか違う気がして、俺は話の内容を変えようと頭をフル回転させた。
「そういえばさ、今日ってクリスマスイブじゃない?」
「そうですね、イブです」
「嵐山隊って何か予定あるの?」
「明日は市民体育館でクリスマスイベントがあるのでそこに参加する予定ですが、今日はないです」
「今日何もないなんて珍しいな」
「イブか、当日か、どちらかは休みにするつもりだったみたいです」
「へぇ、根付さんもそれくらいは休みくれるのか」
世間話に切り替えて自室として使っている部屋に向かって歩いている間も嵐山は付いてくる。構わないのだけれど気になると言えば気になる。
「なぁ嵐山」
「なんですか?」
「少し前に約束した鍋パーティー、いつやる?」
「今日はどうですか?」
「いやいや、せっかくのイブなんだから家族と過ごせよ」
「俺の家はパーティーは明日の夜にするらしいので大丈夫ですが、充達がそうとは限らないか……」
確かにそうだな、と呟く嵐山には可愛い弟と妹がいる。嵐山家に行ったことはないが、きっと絵に描いたようなあたたかい家庭なのだろう。だからこそ、嵐山には家族との時間を大切にして欲しい。決して俺の今の生活や、血縁がひとりもいないことについて不満はないが、それでも少しだけ羨ましくて、落ち込んだ。
物心ついた時から家族は俺を引き取ったらしい城戸さんしか居なくて、でも城戸さんが居なかったら俺は道端でのたれ死んでいただろうから、これ以上何かを望むのは筋違い。そんなことは分かっている。けれど、あたたかい家庭を少なからず求めてしまうのは何故なのだろう。
俺がそんな事を考えている間、嵐山は少し考える素振りを見せながら、正式入隊式の打ち上げに司さんの家で鍋パーティーしませんか、と頼んできた。
「いいよ。でも東さんもオリエンテーション頼まれてなかったっけ?誘ってもいい?」
「大賛成と言いたいところですが、東さんはオリエンテーションの後で何か予定があるみたいです」
「東さんも大変だなぁ」
「ですねぇ」
ふたりで会話を続けながら歩いていたが、部屋のドアの前に着いても嵐山はなに食わぬ顔で俺の隣に立っている。
「司さん」
「何?」
「やっぱり司さんおかしいです」
「そう?」
「今もすごく苦しそうな顔してます」
また強い耳鳴りがする。
「そんなことないよ」
「嘘です。俺の目を見てください」
そう言われるとちょっとだけつらい、かもしれない。
今も続く耳鳴りが、更に高い音になって頭の中で響く。
「ちょっとすみません」
俺の手を掴んで部屋に入った嵐山は俺をソファーに座らせて、持っていたクリップファイルをテーブルに置くと、目の前に立った。
その行動の意図が分からず嵐山を見上げると、嵐山は俺の両耳を優しく包み込むように両手で押さえ、ゆっくり自分の胸に俺の顔を押し当てた。
「俺の心臓の音、聞こえますか?」
「う、うん」
「良かった。俺分かりましたよ、耳鳴りでしょう? そのままその音に集中してください」
規則正しい優しい鼓動が身体に響く。
何で分かったんだろう。まあいいか。
安心するその音に俺は全てを預け、徐々に瞼を閉じた。
......
それからいつの間にか俺は眠っていたらしい。気づいたら嵐山はおらず、座ったままの
身体にブランケットが掛けられていた。
ありがたいことにさっきより頭がすっきりしている。仕事まであと1時間。シャワーでも浴びよう。
20151207
2013/12/24 火曜日 のできごと。
(諸説考察あり)