金曜日:東に預けられる
藤宮は寝てしまった。穏やかな顔で寝返りもうたず、まるで糸の切れた操り人形のような、全身がベッドに沈んでいくような、そんな寝姿に見える。
東はその寝顔を見つつ、ベッドの傍らに座り足と手を組みながら寝ている二宮を見下ろした。
歌川に連れられ医務室へと運ばれた藤宮は医師の診断を受け、少し寝なさいと寝かされてから、今もまだ起きていない。藤宮が最後に目を開けていたのを見たのは確か昼の12時を過ぎた頃だったから、今、ピッタリ24時間経とうとしていた。
ここに藤宮がいることは、俺と風間隊と忍田さんだけでが知っているはずなのに、どこから嗅ぎつけてきたのか、昨夜、二宮がやって来てずっと隣で寝ている。
忍田さんから藤宮の事を任された俺は、出来る限り医務室にいるが、二宮がここを出たところを見たことがない。
普段、格段に仲が良い訳でもなく、どちらかと言えば二宮が一方的に藤宮を気にかけているような、理解し難い関係であるが、仲が良いなら良しとしよう。
通常任務も二宮が自身の割り当てられた任務を他の隊員に代わってもらえるよう頼み混んでいたと、犬飼が面白そうに目を細めながら荒船と話していたのを、小耳に挟んでいたので、無理に起こす必要もないだろう。
「ん、」
予備の椅子を出そうかと踵をかえした時、ピクリと二宮が動いた。
「おはよう。その体勢は体を痛めるぞ」
「……おはようございます。藤宮さんは、」
「まだあれから一度も」
それ以上言わなくても二宮は理解してくれたようだ。
「東さん」
「何だ?」
「藤宮さんは何なんですか?」
「変な質問だな。もう少し具体的に頼む」
「今、藤宮さんが寝ている理由が俺には分かりません。体調不良とは聞きましたが、どう見ても風邪には見えません」
「そうだな」
東は出かけた言葉を飲んだ。機密事項ではなく、上層部と一部の人間が知っているのみで、そもそも藤宮の事情に立ち入る人間も少なかったからこそ語られなかった話。それを今、ここで二宮に言ってもいいのだろうか、少しだけ考えたあと、東はまた口を開いた。
「おそらくこれは藤宮の中のトリオン器官の負荷だ。たまに生身の体に影響してくる。それは……、まあ、上層部と一部のA級隊員が知っていることだが、二宮は藤宮の目を間近で見たことがあるか?」
「はい。綺麗な緑です」
「倒れる前に見たか?」
「いえ」
二宮が藤宮の顔に目線を向ける。
穏やかな顔で眠る藤宮の顔は、落ち着いていた。
「俺は藤宮の目はトリガーのようなものだと思っている」
「トリガー?」
「そう。藤宮の目の良さはサイドエフェクトだと俺も藤宮も聞かされているが、俺はそうは思っていない。藤宮の目は精巧なトリガーだろう」
「その根拠は」
「生身の状態で藤宮からトリガー反応がある。冬島さんと確認したが、ボーダーのシステムでは感知できないようにされていた」
藤宮がトリオン体の可能性も考えたが、体に傷はつき、痛覚も触覚も正常。トリオン反応を隠しているのはおそらく鬼怒田さんだろう。
「東さんは、藤宮さんの目は何だと思っていますか」
「さぁ、藤宮も気づいていないようだから、深くは聞けないな。問い詰めるとしてもそれを隠している城戸さんが何を考えているかによる」
城戸司令、と二宮が呟いた。
藤宮と城戸は血の繋がらない親子であることは一部の関係者しか知り得ない情報であったが、それを藤宮が隠すことはなかった。それにも関わらず、藤宮が城戸のことを父と呼ぶことはない。
おそらくそれを二宮も知っているのだろう。
「東さん、藤宮さんの視力、確実に昔より落ちてますよ」
「そうか」
視力、藤宮の普段の視力など考えもしたことが無かったが、20歳を過ぎた藤宮のトリオン量は下降の一途をたどるだろう。それならば、いつかは藤宮の視力はなくなってしまうのかもしれない。俺の知らないことはまだまだありそうだ。
「俺、藤宮さんの目を潰しても責任をとる覚悟はあります」
「ははっ、冗談はよしてくれ」
冗談であって欲しい。トリオンが減少してるから視力が落ちてるなんて、ましてや修復なんてしたら藤宮司と言う存在は本当になんだって言うんだ。
20160125
2013/12/27 金曜日 のできごと。(諸説考察あり)