あなたのために有る
藤宮の事が好きな二宮が、バレンタインに薔薇を贈る話。 付き合ってない両片思いの世界線。
バレンタイン。
ボーダー本部で甘い香りがするかと言われればそんなことはないのだが、やはりどこか浮足立った人は目立つもので、それは二宮匡貴も例外ではない。
ただひとつ違うのは、二宮は貰う側ではなく、プレゼントする側だということだ。
朝、ボーダー本部から一番近い花屋に立ち寄った二宮は「先日頼んでいたものを」と、店員に名前を告げると、スタッフルームから大きな薔薇の花束が出てきた。
白い薔薇を縁に添えた、赤い薔薇の花束。
「えっと、二宮様。本数は101本で、白い薔薇で周りを囲う赤い薔薇の花束ですね」
店員に告げられ二宮は花束を受け取ると、その重さに頬を緩ませた。
料金は注文時に済ませていたので、そのまま薔薇を抱えて近くに停めていた車に向かおうと出口に足を向けると、メッセージカードが今なら無料で付けられます、と店員に引き止められたが、「遠慮しておく」、と足早に店を出る。
メッセージカードも案のひとつに入っていたが、それでも言いたい事は自分で言いたかった。
この時間ならまだ渡したい彼は寝ていない。そのためにボーダー本部周辺で一番早く開店する花屋に決めたのだ。
本部に入ると休日ではあるが、8時を少し過ぎた時間ということもあり、人はまばらであった。まばらであったのだが、薔薇の花束を持っている人間は目立つ。
視線に気付いた二宮は体と腕で花束を支え、ポケットからスマートフォンを取り出し、アドレス帳を開き、星が付けられている目当ての人物を即座に表示させる。
連絡をせずにこのまま彼の部屋に行ってもいいが、すれ違いや、部屋に居なかった場合の事を考えると少々面倒だ。
少し長いコール音の後に聞こえてきたのはとても優しい藤宮さんの声。
『もしもーし、どうした?』
「おはようございます。今どちらに?」
『え? 小腹が空いたから食堂できつねうどん食べてる』
「……今から向かうのでそこで待っていてください」
『うん。いいよ』
電話を切って食堂へと足を向ける。
その間にも隊員の視線がこちらに向けられていることに気づかないわけではないが、どんな感情でこちらをみているのかは影浦ではないので分からない。
食堂につくと美味しそうに揚げを頬張る藤宮さんを見つけた。
「おはようございます。またきつねうどんですか。好きなんですか」
「おーおはよー、うん。きつねうどん好き。揚げは最後に食べたい派、って何それ」
「あなたにです」
膝を付いて、まるでお伽話のように花束を捧げられればいいのだが、二宮は座っている藤宮に上から、少しばかり押し付けるようにして花束を渡した。
「俺に? よく分かんないけどありがたく受け取っておくよ」
すごいなー、初めてみた! なんて、目を少しだけ輝かせながら花束を見る藤宮さんは普段より可愛く見える。
「おはよーございます司さん助けて」
「うわっ、びっくりした。太刀川か」
二宮と藤宮の間に急に入った太刀川は床に膝を着き、すがりつくように座っている藤宮の腰に腕を回して抱きついた。
「どうした?」
「レポートが終わりません」
「またかよ。もしかして徹夜だったのか?」
眉を顰めて太刀川を見る藤宮の目は先程の輝かしさを失っていて、二宮は怒りを隠しきれずに大きく舌打ちをした。
太刀川はボーダー本部で徹夜でレポートを書いていたが、まだまだ終わらないことを伝えると、とりあえずこれで食事を取ってこいと藤宮に千円札を2枚握らされた。
「頑張りは分かった。とりあえず助けてやるから、ご飯食べたら俺の部屋に行ってて」
「ありがとうございます。ところでそれは?」
「これ?二宮がくれた」
「二宮?」
薔薇の花束の送り主を聞いた太刀川がくるりと辺りを見渡すと、ようやく背後に立つ二宮に気が付き、サッと顔を青ざめさせた。
「すまんすまん。離れるからそんな睨むな」
「邪魔だ」
「ごめんって。藤宮さんありがとうございます! 期限は明日までなんで! 急いでないんで!」
千円札を2枚振りながら太刀川が去ろうとすると、藤宮が止めた。
「はい、太刀川」
「は?」
「え?」
最初に声を出したのは太刀川だが、続いて二宮が驚愕の声を上げた。
「こんなにいっぱいあっても俺の部屋に飾る場所ないし。太刀川にも1本あげる」
「ちょっと藤宮さん、」
「なに二宮?」
「……何でもないです」
訳も分からず薔薇を受け取った太刀川は今度こそ、赤い薔薇と千円札2枚を振って、食事の注文に行ってしまった。
「さーて、とりあえず俺の部屋に飾る前に、っと」
薔薇の花束を肩に乗せ、きつねうどんが乗っていたトレーを返却口に返すと、一番近くにあった花瓶に薔薇を4本挿した。
「な、何してるんですか?」
「俺の部屋には多いからさ、綺麗だし、おすそ分け!」
またキラキラと綺麗な瞳をさせた藤宮さんが楽しげに花瓶を見つけては薔薇を挿して歩いていく。
「藤宮さんおはようございまーす!」
「おー、米屋おはよ。これあげる。」
「なんすかこれ!」
ケタケタ笑う米屋は面白半分で受け取ったが、すげー綺麗と言いながら薔薇を見つめていた。
「当たり前だ。その辺の薔薇と一緒にするな」
「その辺に薔薇ないッスけどね」
明らかに不機嫌に米屋に突っかかる二宮には触れず、近づいて来た隊員どんどん薔薇を配っていく藤宮の手の中の花束はどんどん小さくなっていく。
中には何を勘違いしたのか、藤宮さんから薔薇が貰えると、”藤宮から貰える薔薇”を目当てに人が集まり始めた。
その波に近づけず、少し離れた場所で見ていた二宮の側に、ひょっこりと出水が近づいて来た。
「すごいッスね。聞きました?」
「何をだ」
「藤宮さん、薔薇渡す時に『これ、二宮から貰ったんだ』ってすっごい嬉しそうに言ってるんスよ。ノロケですか?」
そんなことを言っていたのか。
とても楽しそうにひとりひとりと何かを話していたと思っていたが、そんな話を聞いてしまうと恥ずかしくて、にこやかに薔薇を配る藤宮を止めることができない。しかしながら確実に少なくなっていく薔薇の本数にさすがの二宮も落ち込み始めた時。
最後の1本になってしまった薔薇を藤宮は渡さなかった。
「ごめんね。これは渡せない」
優しく笑った藤宮は二宮の元へ駆け寄って、手首を掴んでその場から逃げ出し、出水は楽しそうに二宮の背中に手を振った。
「二宮」
「何ですか」
「はい」
「は?」
人の往来のない静かな廊下で藤宮から渡されたのは手の中に1本だけ残された赤い薔薇。
「俺さ、初めて見た時から二宮のこと綺麗だなーって思ってたよ、これ以上ないほどに。もちろん今もね」
少しだけいじわるな顔をした藤宮さんはくるりと回って俺に背を向けて歩き始めた。
「それは! どういう意味ですか!」
二宮の声が誰も居ない廊下に響き渡る。
「なーいしょ! 俺もう眠いから寝るわ!」
背を向けたまま返事をし、走り去ってしまったが、二宮は髪の間からちらりと見えた耳が赤く染まっていたのを見逃さず、同時に自身の顔も熱くなっていくことを自覚した。
あなたのために有る
「あ、藤宮さん遅かったですね」
藤宮が部屋の扉を開けると机の上に置かれたノートパソコンに向かいながら床に紙を散乱させている太刀川が居た。
「太刀川……。忘れてた。レポートだっけ……」
「はい、お願いします。で、なんで顔赤いんですか?」
「何でもない!!」
水の入ったペットボトルに挿した一輪の薔薇が、部屋のキッチンに置かれていることに気付いた藤宮が太刀川に持って帰れと叫びながら更に顔を赤くさせるのはあと1時間後。
20160211
1本の薔薇:一目ぼれ、あなたしかいない
101本の薔薇:これ以上ないほど愛しています
赤い薔薇の中に白い薔薇:打ち解けて仲が良い・温かい心