月曜日:迅の未来


昨日、藤宮さんと鈴鳴第一が模擬戦をしたらしい。

どうしてかと朝食の片付けをしながら迅が林藤に問うと、林藤は詳しい内容を聞いておらず、忍田から模擬戦があることのみを聞き、その忍田は太刀川に聞いたと教えてくれた。

太刀川は「俺も藤宮さんと模擬戦したい!」と、自分の防衛任務を放棄してランク戦室に行こうとしていたのを出水が引き摺って防衛任務に連れていったそうだ。

「だからおれの携帯に太刀川さんから電話が何度も鳴っていたのか」
「電話かかってきたのか?」
「電話に応答すると面倒なことになる未来が見えたので3回目でそっと電源を切りました」

苦笑する迅に答えるように林藤は笑いながら携帯灰皿を取り出し煙草の火を消して「今から用があるから本部に行くが、お前も行くか?」と声をかけた。

◇◆◇

林藤支部長と共にやってきた本部は、平日の朝だというのにいつも以上にざわめき立っていた。

どうしてかと目を左右に動かし、やっと掴めた人の流れに向かって顔を向けると、珍しく秀次が瞳を輝かせて真っ直ぐB級ランク戦観覧室に向かって歩いている。

後をつけるつもりはないが、同じ方向へと足を向けると、ざわざわとした音は更に大きくなっていき、辿り着いた観覧室には主に大学生のギャラリーが集まっていた。

通常ランク戦しか行われないはずの場所のモニターには藤宮さんと太刀川さんが映しだされていて、マップ選択は市街地A。お互いの弧月が名の通りの綺麗な弧を描いて空気を切り裂き、互いがまた間をとる。その繰り返しでド派手な攻防はなく、見ているこちらからすればランク戦特有の大きな動きがない模擬戦だけれど、見る人が見れば実に見事な斬り合いだ。

「よー、秀次」
「……迅」

苦い顔をされながらも秀次の隣に座ると、少し腰を浮かせてひとり分のスペースを空けられてしまい、どうしようかと頭を傾げると秀次が口を開いた。

「ここはこんなに簡単に使えるものなのか」

てっきりこのまま無言でいると思っていたので少し驚いてしまったが、おれも返答をするために口を開く。

「うーん、普通なら訓練室を使えばいいからここでやる人もいないけど、特に規則はないんじゃないかな。訓練室だとオペレーターとか設定に詳しい人がいないと細かい調整ができないし、藤宮さんはただ面倒だって理由だけでランク戦用の設定が予め入ってるこの場所をよく使ってるだけかな」
「そうか」

ただそれだけ、こちらも見ずに返事をした秀次は、藤宮さんとあまり話したこともなければ会うことも少なかった。

それは藤宮さんが夜間防衛ばかりをやっているからなのだけれど、藤宮さん自身があまり人と関わろうとしなかったことも原因のひとつだと思う。

旧ボーダー時代からの古株である藤宮さんは昔、今以上に部屋から出てくることはなく、それがサイドエフェクトのせいだとしても、休みの日を作りたがらず、数ヶ月ぶりの休みを無理やりとらせた時は日中は真っ暗な部屋で本を読み、日が沈んでからは体を動かしたくなったのか、暗い夜道をひたすらジョギングしていた。

余談だが藤宮さんはこの頃本に出てきた"軽業師"が気に入ったらしく、密かにアクロバットの練習を始め、バク宙はもちろん、体操のゆかで見るような名前は分からない"宙返り3回ひねり"みたいなものから、綱渡りのような曲芸もできる。今でもたまに生身のまま警戒区域の電信柱の上に片足で立って遊んでいたりするが、城戸司令に見つかるとそのまま本部に戻され怒られるけれど、本人は楽しいのでやめられないらしい。

城戸司令も素直に『危険なことをすると心配だ』と言えばいいのに、警戒区域で怪我人が出るのは望ましくないとか、ボーダーの品格が下がるとか、もっともらしい二番目や三番目の理由を最初に言ってしまうせいで、お互い引けないのだろう。

話を戻すと、そんな藤宮さんが今でも人と普通に話すことができるのは小南のお陰だ。

自分から人に話しかけることが無かった藤宮さんを無理やり引っ張っておれと最上さんの元へ連れて来たり、寝ぼけ眼のままでも買い物に連れ出したり、とにかく日の光の下に出し続けたのが小南で、藤宮さんも眠そうにしていたが楽しそうだった。

小南の与えるものは、本や夜には見つけられないものばかりで、藤宮さんは一度だけ「小南の世界がキラキラ輝いて見える」と、おれに話したことがある。

そんな昔話を思い出していると、気づけば藤宮さんと太刀川さんの模擬戦は終了していた。

「迅?」

声のする方向へ顔を向けると、藤宮さんが心配そうな顔でおれを見ている。

「さっきすれ違った三輪が『迅が見てた』って教えてくれて、何か用だった?」
「あ、いや、用はないんだけど」
「ん?」
「太刀川さんと模擬戦楽しかった?」
「太刀川が楽しそうだったから俺も嬉しいよ」

太刀川が急に押しかけてきて模擬戦申し込んでくるから何事かと思ったよ、と笑う藤宮さんは優しい顔をしていた。

「藤宮さんってさ、相手の感情が移りやすいよね」
「……? そうかな?」
「そうです」

おれの言葉の意図を計り兼ねたのか、立ち上がったおれの後ろを藤宮さんがついてきた。

特に行く場所も無かったので、ゆっくりと藤宮さんの使っている部屋へと歩みを進めると、それに気付いたらしい藤宮さんが少しだけ歩みを速めておれの横に立った。

「迅、今度一緒に模擬戦しようね」
「おれと太刀川さんを一緒にしないでください」
「そっか、それならしたいこと決めておいて」

藤宮さんがしたいこと、と言ったらダメなんだろうな。

おれはいつか見えた未来が藤宮さんにとって明るいものになれば、それでいいのに。

20160330
2013/12/30 月曜日 のできごと。(諸説考察あり)



夜の鷹
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