ひと眠りから覚め、時刻は午後2時。予定通り。

身支度を済ませた藤宮は寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出た。

人の往来が少ない通路を選びながら開発室へと向かい、扉を開けるといつも通り職員が仕事をしている中で、鬼怒田が指示を飛ばしている。

「鬼怒田さんおはようございます」
「こっちはまだまだ昼だがな」
「まあまあ、俺は今起きたばかりなので」
「知っとるわい。で、トリガーだろ?」
「はい、よろしくお願いします」

藤宮が鬼怒田にトリガーを差し出すと、代わりのトリガーホルダーが渡された。

「チップは入ってないから好きに入れていけ」
「了解」
「ベイルアウトできないことを忘れるなよ」
「分かってますって」

開発室では毎度おなじみのやりとりをしながらトリガーホルダーを受け取った藤宮は今まで何度も予備のトリガーを何度も使った事があり、困ったこともないため、鬼怒田のいうことを半分聞き流しながらいつもチップを保管している女性社員に声をかけた。

「室長の言うこともちゃんと聞いてあげてくださいね。で、今回は何を壊したんですか?」
「失礼な。俺は普段通りトリガー使ってるだけです」

くすくすと笑われながら藤宮がいつも使っているチップを机に並べ始める女性は手慣れたものだが、他の開発室の職員にも藤宮のチップは正確に把握されていることを藤宮はまだ知らない。

藤宮のトリガーデータは有効に利用されており、それを最も測定できるのは限界値であるととある職員は言う。

トリオン量は多くも少なくもないが、他の隊員では絶対に行わない使用方法で使ってみせることは多く、そのデータをとる時は学生ではなく職員であるので融通が利くのだ。

もちろん学生時代も藤宮は身寄りがなく『ボーダーの子』であり、トリガー開発に協力的であったので、それが今も続いているという理由もある。

「あ、バイパー外してグラスホッパー入れて欲しいです。久しぶりに練習しておきたくて」
「大丈夫ですよ」

トリガーチップをセットした女性は藤宮にトリガーを差し出す。

「ありがとうございます。では夜間防衛にいってきます」

近くの職員数人が「いってらっしゃい」と声をかけるとつられて開発室全員が同じように声をかける。

それを聞いてあまり見せることのない満面の笑みを見せた藤宮は再び「いってきます」と言って、軽い足取りで開発室を出ていった。

開発室の扉が完全に閉まるのを確認した鬼怒田は大きなため息をついたあとに開発室全体に聞こえるような声で「あまり藤宮を甘やかすな」と職員に声をかける。

「まあまあ」

続けて何かを話そうとした鬼怒田だったが、鬼怒田に最も近い距離に居たの男性職員がそれ以上の言葉を遮った。

「いいじゃないですか。藤宮くんはボーダーが家族なんですから。こんなことで喜んでくれるなら開発室にずっと居てくれていいくらいです」
「そんなことくらいわかっとるわい。あいつは良いことがあると注意散漫になる癖があるんだ。甘やかすのはたまにでいいたまにで」

そう言いつつ藤宮のトリガーのデータを手を休めずに解析している鬼怒田が技術面に関しては誰よりも藤宮を甘やかしていることを、開発室の人間は誰もが知っていた。

20161628
優しい鬼怒田さん2



夜の鷹
26/34