グラスホッパーはいいものだ。

機動性に優れているし、自分自身だけではなく他の人も乗せることができる。

そう思いながら藤宮はグラスホッパーの飛距離や耐久性をぴょんぴょんとその場で飛んだり跳ねたり、自身の体を使って測っていた。

《また遊んでるんですか》
《『また』なんて言わないで欲しいなぁ。遊んでないし》

無線から聞こえてくる奈良坂の呆れた声を聞きながら今日の夜間防衛は三輪隊と諏訪隊だったな、と藤宮は数時間前に三輪と出会ったことを思い出した。

《奈良坂は今どこにいるの?》
《そこから4時の方角のビルです》
《えっと……ああ、いたいた》

ビルに向かって手を振る藤宮に驚き、奈良坂は思わずスコープから目を離した。

藤宮の立っている位置からは軽く700メートルはある。

それをスコープも視覚支援も無しに、トリオン体ではあるが裸眼で見ているのだ。

藤宮のサイドエフェクトについては話に聞いていたし、その恩恵を受けたこともあるが、実際見られる側になって分かるぞわぞわとした気持ちの悪さに奈良坂は居心地が悪くなった。

《奈良坂、そこからちょっとグラスホッパー撃ってくれない?》
《はい?》

奈良坂の気持ちなぞ露知らずといった軽い口調で藤宮は再度グラスホッパーを撃ってくれと頼む。

《……、分かりましたからちょっと離れてください》

奈良坂の放った弾丸は見事にグラスホッパーの真ん中を貫き、グラスホッパーは粉々に砕け散った。

《おおー、さすが奈良坂。よし、もう一発お願い》

新たに出されたグラスホッパーを先程と同様に撃ち抜くと次は先程よりも耐久性が上がったように砕け散り方が違う。

《うーん、今度は俺を撃って》
《拒否します》
《お願いだから》

奈良坂は何度か断ったが折れない藤宮に向かって銃口を向け、放たれた弾丸が狙い通りに空気を切り裂き藤宮の心臓へと向かって進む。

頭を狙わなかったのは藤宮の顔が崩れてしまうのを見たくなかったから。

藤宮の元へと届くまで僅か数秒のはずなのに、奈良坂にはスローモーションのように感じる。

藤宮さんがベイルアウトしたらこの責任は誰が取るのだろうと、弾が藤宮の胸を貫く寸前の一瞬で奈良坂は頼まれたといえ上層部に怒られる未来が見えるようで、これから起こるであろう面倒事から目を背けたくなった。

想像通りに、キン、と高い音を立てて藤宮の前にあったグラスホッパーと共に綺麗に砕け散る。

ほら、グラスホッパーではシールドの代わりにはならないだろう、と言いたくもなったがベイルアウトしていく人に言っても意味が無い。せいぜい先に怒られておいてください。そう思った時だった。

《いやーさすが奈良坂》

藤宮のグラスホッパーの影に隠れていたシールドが見事に弾丸を防いでいた。

無残にも届かない弾丸は藤宮のトリオン量の多さと、トリオン供給器官の前にピンポイントでシールドを集中展開した高い技術力を物語っている。

《防いでいただきありがとうございます》
《……? どういたしまして?》

面倒事から開放された奈良坂が感謝の意を伝えたが、意味が分からないと首を傾げながら藤宮は軽く頭を下げた。

《奈良坂から見てグラスホッパーの強度はどうだった?》
《脆いですね。最後は少し固めだと思いましたが、アイビスでも粉砕できる強度だと思います》
《そっかぁ。うん。ありがとう》

納得した素振りを見せた藤宮は再びグラスホッパー出してまじまじと見つめていた。

藤宮はこうして色々とトリガーを試す趣味があり、それを否定するつもりはないが他人を巻き込むのは遠慮して欲しいと奈良坂が大きなため息を吐く。

《で、何か収穫はありましたか》
《完璧。ありがとう奈良坂》
《そうですか》

それでもこうして藤宮さんの役に立てるのならば、きっと頼まれればまた手を貸してしまうのだろうと奈良坂は次の巡回地区へ向かうため藤宮に背を向け歩き始めた。

20160708



夜の鷹
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