突然の浮遊感に藤宮は目を覚ました。
微かだが戦闘をしているであろう音も聞こえ、やっと意識が覚醒し始めるが、どうにも頭が重い。
体を起こそうとしても眠気に負けそうになり、全てを聞かなかったことにして眠りたいと思えるほどだ。
「盛られたか」
誰が何を、まで考えなくても想像はつく。
悪態をつきながら早くこの状態から抜け出すためにトリガーを起動させ、そのまま部屋を飛び出すと戦闘音は案外近いものだった。
逃げる職員を誘導しながらトリオン兵を蹴散らし、時々出会う隊員に今の状況を聞いてはみたが、情報は錯綜していてあまり当てにはならない。
藤宮は自分の居た区画の誘導を終え、一度外に出てみようと思ったが、視界の端で諏訪を捉えた。
同時に何やら黒い靄のようなものも見える。
「何が起こってんだよ……」
見たこともない光景に想像もしたくないことばかりが脳裏を過っていく。
「迅に後で詳しく聞くしかないな」
そう決めて走り出した時、もうひとつの黒が視界の隅に写り込んだ。
「二宮!」
思わず叫んだその名に振り返った端正な顔立ちををした黒スーツの青年、二宮は藤宮の元に駆け寄った。
「無事で何よりです」
「二宮もね。他の隊員は?」
「隊員が揃っていない隊には待機命令が出ています」
「それなら大人しく待機してなよ」
「基地内で待機してますよ」
「屁理屈」
二宮を相手に心配はあまりしないものの、気にかけてしまうのは何故だろうか、ふと藤宮の頭に浮かんだその疑問に答えが出せないまま、まっすぐ二宮を見つめると二宮の美しい指が目の前に伸ばされた。
ふわり
二宮が藤宮の頬に軽く手を添え、親指で目尻を撫でた。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
二宮は自分が何をしていたのか、おそらく無意識だったのだろうが、慌てて手を離し、何事もなかったかのように目線を反らした。
「そうか、引き留めて悪かった。もう行くね」
「ご無理だけはなさらず」
「二宮もね」
先程の二宮の行動をそれ以上気に止めることもせず、二宮に背を向け駆け出そうとした藤宮の背中を、またもや二宮は手を伸ばして思い切り強い力で掴み、引き寄せた。
「危なっ、何、どうしたの」
「行かないでください」
「うーん、よく分からないけど終わらせたら迎えに行くから、今はごめんな」
するりと手から抜け出した藤宮は二宮の頭をぽん、と一度だけ撫でてから駆け出して行った。
二宮は自分の行動に『何で』と問われても明確な答えが出せないが、手の届く範囲に藤宮がいて欲しい、その程度のワガママであることは自覚している。
ボーダーに入隊した時から高い壁であった藤宮に興味と憧れを抱いていたはずが、いつの日か嫉妬と独占欲に変わっていた。