アフトクラトルには美しいトリガーがいくつか存在していた。
オルガノンもそのひとつともされているらしい。
ミラが戦闘員となった時、先輩がそう話していた。
その中でも他の追随を許さぬほど最高に美しいとされているものがアステールである。
それはトリガーホーンと同じ性質を持っているらしく、トリガーと言うよりはトリオン増幅器に近いそうだが、ブラックトリガーから作られているらしく、条件さえ合えば特殊な力を身に宿せるらしい。
『その条件って何ですか』
ミラは興味本意で先輩の会話に参加してみた。
『ん?気になるか? 条件っていうのは……』
おそらく目の前にあるこの美しく瞳がアステールだ。
ミラは一度だけ写真でアステールを見たことがある。それは緑のガラス玉のような美しい球体が2つ、ゆらゆらと液体の中で沈むことも浮かぶこともなく漂っているようだった。
「あなたはいつからそのままなの?」
黒い空間の中でミラは泣き出しそうな顔で、藤宮は人を殺しそうな瞳でお互いを見つめあっていた。
「質問の意味が分からない。ブラックトリガーを返してくれ」
「あなたにとっては敵のトリガーをどうしてそこまでして取り返そうとするの?」
「それがブラックトリガーだからだ」
「それがどうしたと言うの?」
「そのトリガーには意志がある。そして使う人間にも覚悟がある。例え何があろうと引き裂いてはいけない」
「……捕まってるのに随分と悠長な言い方をするのね」
「戦わずして手に入るならそれ以上良い結果はないですね」
「まあ、駄目よね」
「ですよね」
藤宮がそっと孤月に手を伸ばした時、ミラに通信が入った。
≪ミラ、今どこに
繋いでいる?≫
≪「
泥の王」を回収して手筈通り
玄界の砦の前で待機しています。それと、偶然ですがアステールも回収できました。いかがいたしますか?≫
≪良くやった。すぐにそちらに向かいたいが屋上に狙撃手がいる。ラービットで追い払ってくれ。私が戻るまでアステールを逃すな≫
≪了解いたしました≫
「人と話してる時に電話に出る時は、相手にひと言断ってから、席を外して通話するのがマナーだと思うけどな」
「あなたと話してる場合じゃないの。そこで待っててちょうだい」
ミラが藤宮を残してハイレインの援護のためゲート開き、砦の屋上に出ようとした時、藤宮がミラの足を掴んだ。
「え! 離して頂戴!」
ミラが外に出ると数人の
玄界の兵が見える。
「うおぁ! 外⁉」
ミラの足にしがみついていた藤宮は突然上空に出たことで驚きはしたが、視界に広がった光景が三門市であったことと、ミラがラービットを本部の上空に送り込んだことで状況把握に頭がフル回転した。
「当真!」
「藤宮さん⁉」
藤宮と当真がお互いを視界に捉えたと同時に藤宮に通信が入った。
≪司か!≫
≪忍田さんですか! すみません黒トリガー奪還はまだできていません!≫
≪それはいい! 市街地に向かえるか! 出水の援護援護を頼む!≫
≪藤宮了解!≫
「当真ー! 援護いるかー!」
「大丈夫ー! 風間隊と諏訪隊が向かってるってー!」
「オッケー」
藤宮は当真に向けて片手で大きく手を振りながら、ミラの足を掴んでいた片方の手を躊躇なく離した。
「え、」
まさかこの上空で手を離すとは思っていなかったミラは呆気に取られた顔で地上へ落下していく藤宮を見たが、もう上空からは見えない。
今からはもう追えないだろう。そう確信したミラはまるで独り言のようにハイレインへ連絡を入れた。
≪すみません、アステールを逃してしまいました≫
20210116