溺れよ倫理、原罪の海へ

リクエスト:男主と出水
※色々注意。藤宮の事が恋愛感情で好きな出水。男主×出水。


眠っている。

藤宮さんが眠っている。

いや、寝ているのを知っていてここへ来たのだから、寝ていないと困るのだけれど、寝ている人を目の前にすると、今ならどうにかできるのではないかと、征服欲や支配欲がゾクゾクと背中から這い上がってくる。

今芽生えた感情ではなく、ずっと心の奥で燻っていた感情が、心の熱でふつふつと湧き上がり、背中を這いずり、喉の奥が乾いて生唾を飲み込んだ。

光に弱い藤宮さんの部屋は13時とは思えないほどに相変わらず真っ暗で、仕方なくスマートフォンのライトをオンにしたが、それでは明るすぎて、慌てて側にあったブランケットを被せると間接照明のような明るさになったので安心した。

目下[もっか]に眠る藤宮さんの髪を軽く持ち上げると、サラリと指の間を滑り落ちる。

そのまま頬を撫でるとあたたかく、柔らかい。

おれを止めるものはもう何もなかった。

掛け布団から少しだけ出ていた手のひらに自分の手のひらを重ねて指を絡ませると恋人になったようで多幸感が身体[からだ]に染み渡った。

「司さん」

普段は呼ばない名前で呼ぶと更に日常から切り離されたようで、興奮して、顔を近づけた。

あと数センチでキスができる、そう思った。

藤宮さんの薄く開いた瞼の奥から綺麗に輝く黄緑色が、おれを捕らえた

ギラリと瞳を鋭く光らせた藤宮さんは繋がれた手を引き寄せ、見事な身のこなしで身体[からだ]を回転させると、空いていた片方のおれの手を掴み跨るようにして床に押し付けた。

そのまま足をおれの足の上に乗せて抑えこみ、更に体重をかけて完全に組み敷いた藤宮さんは、おれを見下ろして目をパチパチと瞬かせている。

「あれっ? 出水?」

状況を整理しようとフリーズしている藤宮さんとは異なり、組み敷かれたおれはこのまま藤宮さんに取って食われそうな体勢に更に興奮していた。完全に捕食者の目をしていた藤宮さんの目を前に、それでもいいと思えた。

「えっ!? 出水! ごめん! 痛くない!?」

慌てて飛び退いた藤宮さんはおれの背中と床の間に手を差し込んで上半身持ち上げ座らせると、手と足に自身の手を滑らせ、心配そうな顔で怪我がないかじっくり確認していた。

確かに赤くはなっているが、きっとあと30秒もすれば何事もなかったようになっているだろう。これならばいっそ、ずっと消えない傷をつけて欲しかった。

藤宮さんがおれと目線を合わせようと身体[からだ]を一生懸命動かしているのが分かったのに、目線を反らし続けるおれを見て、また悲しそうに謝った。

「出水、ごめん」
「なんで……、」
「ん?」

喉が震える。鼻の奥がツンとする。

「何で藤宮さんが謝るんですか! どう考えても全部おれが悪いじゃないですか!」

急に大きな声を出したことに驚いたのか、藤宮さんはビクリと身体[からだ]を震わせたあとで、へにゃりと眉と目尻を下げて本当に申し訳なさそうに笑った。

「出水だと分かっていたら俺は何をされても抵抗するつもりはなかった。だから出水は何も悪くないよ。ごめんね」
「だから、何で、あやま、」
「出水」
「だって、」
「出水。ちょっと休憩しよう。ね?」

泣きそうになってしまい言葉がうまく出なくなったおれの目線に合わせて屈み、頭を撫でる手は優しかった。

藤宮さんは慣れた手つきで眼鏡をかけると立ち上がって部屋の電気をつけたが、暗闇に慣れたおれの目は急な明るさに驚いて瞼を閉じた。

「出水は遠征から帰って来たばかりでしょ? おかえり。お茶を出したいところだけど飲み物は水と牛乳しかないんだ。あ! ホットチョコ飲める? ココアがあれば良かったんだけど、今はなくて……、でもチョコならあるからさ! チョコを牛乳に溶かしていい?」

おれの気をまぎらわせるようにいつもより饒舌に話しかけながら布団を片付け、ローテーブルを出したあとで、キッチンに移動した藤宮さんは牛乳を温めながら微笑んでいた。

何故おれが遠征に行っていたことを藤宮さんが知っているのだろう。隠してはいないが藤宮さんが知らなくても支障はないことなのに。

もしかしたら遠征から帰って来たばかりで気が狂っているのだろうと推理されたのかもしれない。

確かにそれは否定しない。冷静さは欠けていた。おれからの一方的な好意を押し付けても藤宮さんを困らせることくらい少し考えれば分かったはずだ。

「いーずーみー、チョコいくつ入れる?」

温かい牛乳と板チョコとスプーンを持って来た藤宮さんがおれの左隣に座った。

「自分で入れます」
「それは助かる」

板チョコを割って牛乳に溶かすと甘い香りが鼻腔を擽った。

ふふっ、と笑った藤宮さんが手を伸ばして少し離れた場所にあったぐちゃぐちゃのブランケットを引き寄せると、おれのスマートフォンが一緒に付いてきた。

「ん? ああ、これ出水のだよね?」

ライトが光っていることに微塵も疑問をもたず、迷いなく手渡されたスマートフォンを見て、やっと冷静になれた気がした。

「藤宮さん、ごめんなさい」
「出水は何も悪くないよ」

違う、違う、そうじゃない。おれが求めていたのはそれじゃなくて、おれは……。

「おれ、藤宮さんが好きで、ごめんなさい」

訂正、冷静じゃなかった。

ぽろりと口から出てしまったのはどうしようもない謝罪で、自分自身驚いた。確かに伝えたかったことだけれど、もうこれ以上藤宮さんを困らせたくなかった。

そんなおれを見て司さんはふーっと少し長めに息を吐いた。

「言ったでしょ、出水は何も悪くないよ」
「でも!」
「出水、聞いて」

藤宮さんが真っ直ぐな瞳でおれの目を見た。眼鏡越しだったけれど、それでも藤宮さんの瞳は綺麗だ。

「俺さ、出水が俺のこと好きなんだろうなぁ、って何となくだけど分かってたんだ。でも、どうしても突き放せなくて、そうしたらいつの間にか目で追ってて、いつも出水のことばかり考えていて、気づいたら好きになってた」

おれが何も反応をしないので少しだけ不安そうに眉を下げながら、それでも目を離さない藤宮さんが心の底から愛おしいと思った。

「俺はもう大人だからさ、出水は若いし、もっと可愛い女の子と一緒になる方が幸せだと思ってたんだ。だから謝らないといけないのは俺の方。出水の気持ちに甘えていてごめんなさい。こんな俺ですが、付き合ってくれませんか」

少し顔を赤くした藤宮さんがさっきよりも凛々しい顔でおれを見ていた。先に告白したのはおれなのに、なんだか先を越されたみたいだ。

「藤宮さん! おれ、好きです! 大人とか、年齢とか、関係ないです! 藤宮さんが好きです!」

空回りばかりしていた自分が恥ずかしくなって思いきり藤宮さんに飛びつき、さっきはできなかったキスをしてみたけれど、眼鏡に思い切り当たってしまった。藤宮さんは痛そうに鼻を押さえていたが、それでも楽しそうに笑っていて、嬉しい。

飛びついたままのおれを藤宮さんが少し強めに抱きしめて、少し意地悪な顔をして笑った。

「公平、キスっていうのはこうやってするの」
「今おれの名前っ、ん、」

眼鏡を外した藤宮さんの顔が近づいて、再びチョコレートの甘い香りがおれの鼻腔を擽った。

20151114
2015年ハロウィンリクエスト『出水公平、ワートリ連載主でできる限り甘め』
リクエストありがとうございました!
"甘い"ってこんな感じでしょうか……。
連載のオチを誰にするかは決めていないので、IFとして書かせていただきました。
書いていてとても楽しかったです。



夜の鷹 番外編
3/6