開いた心の距離
辺り一面が真昼のように明るくなる程の大きな花火がひとつだけ打ち上がると、それが最後だったようでそれ以降空に花火が打ち上がることはなかった。
「終わったね」
相変わらず綾瀬の顔を直視することができない辻であったが、少しだけ眉を寄せてこちらを見ていることだけは視界の端で把握できる。
「うん、終わった」
辻の返事を待ったあとで「よっ」と小さくジャンプするように立ち上がった綾瀬は辻の座っているベンチから少し離れてから、くるりと1周回って見せた。
「真っ暗になっちゃったね」
もともと人があまり住んでいないようで、明かりの灯らない空き家と薄ぼんやりと光る外灯が、物悲しさを感じさせると共に、季節柄チープな心霊ドラマのような怖さも醸し出していた。
こくりと頷きながら立ち上がった辻は綾瀬の隣に向かって歩く。
「あの、」
辻の声に反応して綾瀬が振り向いた。
「なんで……、どうして俺に優しくするんですか」
「えっ、」
「あ、えっと、言いたかったのはそれじゃなくて!」
純粋に、ただ単純に、こんな自分に付き合ってくれてありがとうと伝えたかっただけの辻は目をぐるぐる回しながら必至に弁解を述べる。
「辻くんのことは最初は大人しい人だな、って思ってただけなんだけど、いつだったか、辻くんが楽しそうに笑ってたのを見てから気になってたなぁ」
「えっと、」
「どうすればまたあの時みたいに笑ってくれるのかなって!」
時間が止まったように静まりかえってしまった空気は夏だというのにひんやりと感じる。
「辻くん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、です」
「辻くんの家はどっちかな」
「送ります!」
話が流れてしまいそうで、辻は思わず綾瀬の右手を両手で握りしめた。
「あ、その、えっと、教えていただけますか」
「ありがとう。お言葉に甘えてさせていただきます。こっちです」
左手の人差し指で方角を示す綾瀬はそのまま数秒止まったあとで、ふふっ、と吹き出した。
「ふ、ふふっ、お互い敬語で笑えてきちゃう」
「すみません……」
「え! 怒ってないよ! 辻くんは敬語が似合うかっこ良さだよね」
「そんなことない……」
「そんなことあるのになー」
歩き出す綾瀬の右手は辻の両手から器用に抜け出して、辻の左手を握りしめた。
「暗いの苦手なので、手を貸してください」
「こ、こちらこそお願いいたします」
また小さく笑う綾瀬の足取りは暗闇が苦手だなんて思わせないほどに軽く、弾んでいた。
20160920