空を切り取って

打ち上げ花火が打ち上がるまでまだまだ時間がある。

クラスメイトには綾瀬さんが『夏祭りの会場で会えたらいいね』とメールを送信した。深い意味はないようで、縁日の中は人がいっぱいだから待ち合わせは難しいよね、と言葉と同じように難しそうな顔をして言ったので、思わず小さく笑ってしまった。

「……、辻くんのやっと笑った」
「あっ、いや、えっと」

小さなことを真剣に考える綾瀬さんが可愛くて笑みがこぼれてしまっただけで、嘲笑ったつもりはまったくない。それを伝えたいだけなのに口がうまく回らない自分に嫌気がさした。

「ごめん。変なこと言ったかな。やっぱり綺麗な顔で笑うんだな、って思っただけなの。ごめんね」
「ち、違う。綾瀬さんと話せて嬉しかったから」
「嬉しい?」

首を傾げてこちらを見る綾瀬さんに目が合わせられない。


「そうだ辻くん」
「はい」

綾瀬さんへと目を向けると、ベンチに置いてあった焼きそばやたこ焼きのパックを自身の膝に置いて、白いハンカチを畳んでいた。

「これ持って少し移動してもいいかな?」
「はい」

右手でハンカチをポケットに入れて、左手にはパックが2つ。わたあめは食べ終わったようで、棒として機能していた割り箸は近くのゴミ箱に捨てたようだった。

綾瀬さんが立ち上がってこちらへと歩いてくる。

「花火がね、綺麗に見える場所があるんだ」

ゆっくりと歩きながら俺に話しかける綾瀬さんの歩き方と声は少しだけ弾んでいて、いつものクールなイメージとは違い、とても可愛い。

これほどまでに花火が好きならば、俺ももっと調べておけば良かった。

「そうだ。辻くんはどこかに行く予定はあったのかな?」
「いや、ない」
「そっか。それなら良かった」

綾瀬さんが必死に会話をしようとしているのが伝わってきて、どうしようもなくいたたまれないし、それ以上に申し訳なくなってくる。

しかし俺から何か話せるかと言われればそうでもないので、どうしようかと考えながら歩き続けていると、「辻くん、そこ段差気をつけてね」と言われ顔を上げると、路地裏の階段が目の前にあった。

「ここは?」
「えっと、学校の裏の、ちょっとした抜け道ってところかな。夜は暗いから使わないけど、意外と近道になるよ」

そう言って階段を登っていく綾瀬さん。

こんな場所があったのか。あまり路地裏には行かないし、そもそも近界民はこんな狭い場所には現れないだろう。そう言えばイレギュラーゲートが開いた時に誰かが狭い道や側溝の中からもラッドを見つけたらしいから、覚えておいて損はないのかもしれない。

「ここから真っ直ぐ先に、もう使われてないバス停があるの」

もう辺りは暗くなっていて、目の前を歩く綾瀬さんの羽織っている白い服が微かに残る光を反射して揺らめいている。

「私が5歳の頃に廃線になってね、昔は屋根も小さくて、人がふたりくらいしか座れないベンチしかないこのバス停が大嫌いだったんだけど、今はたまにひとりでここに座ってるんだ」

ちょっとタイムスリップしてる気分。

と、続ける綾瀬さんにはここに何か思い出があったのだろうか。

バス停に辿り着き、ふたりでベンチに座ってみると確かに屋根は小さい。高校生の俺ですら、少し濡れてしまうかもしれないと思うほどだ。

小さいベンチでは綾瀬さんとの距離が近くなってしまい、この心臓の音が聞こえてしまわないか、とてもこわかった。

「もうそろそろだね」

スマートフォンの時刻表示を見ながら綾瀬さんがつぶやいた。

すっと静けさに包まれたが、数秒後、夜空に咲いた大きな花が綾瀬さんの横顔を美しく照らしだす。

できることならこの空を思い出ごと切り取って、写真立てに入れておきたいと、空を見上げながら思った。

20160320



特別な黙字をきみに捧ぐ
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