或る事象

ゴールデンウィーク明けの学校。

たった数日なのに「久しぶり」が飛び交う中で、俺は机にふせんが貼られていないかと期待していた。

ふせんが貼られていることの方が稀なのに、今までの2枚の付箋を捨てられず、大切に残しているのだから、女子に向けてこんなにも感心をもったことが初めてで動揺しているのかもしれない。

俺は机の上に何もないことに少しばかりの寂しさを感じながら着席すると、女子の誰かが綾瀬さんに元気よく挨拶をした。

ああ、今日は俺より遅い登校だったのか。

「夏希ちゃん、さっき奈良坂くんと何話してたの?」

綾瀬さんと比較的仲が良いと認識している女子が興味津々と瞳を輝かせて食いつくように話しかけた。

「別にただの業務連絡みたいなもの」
「でも封筒受け取ってたって聞いたよー!」

そのひとことに他の女子が更に食いついていた。

「え、なになに? ラブレター!?」

火の着いた女子はこわい。綾瀬さんの返事など待たずにどんどんと話が広がっていく様子に恐怖を感じながらも、なぜ奈良坂が教室に現れないのか、早く綾瀬さんを助けて欲しいと思っていた。

「だから違うって。見て」

綾瀬さんのバッグから出てきた真っ白な封筒はラブレターにしては適さない長形3号で、封の上をビリビリと破いてひっくり返すと千円札がひらひらと落ちてきた。

「先輩にお金貸してたのが奈良坂を経由して返ってきただけ」

ピシャリと言い捨てるように言った綾瀬さんは怒っているようにも見えた。

「なんだー、びっくりしちゃったよ」

最初に話しかけた女子の顔にはつまらないと書いてあるように見えて、女子が恋愛話が好きなのか、それとも対象が奈良坂や綾瀬さんだったから興味を示したのかは分からないが、やはり恐怖を感じたことには代わりはなかった。

「おはよう」
「ああ、奈良坂か。遅かったな」
「職員室に寄っていたからな」
「そうか」

奈良坂が席に着いたところで担任教師が教室に入ってきた。

ボーダーで過ごす日々が多いため休暇に過度なありがたみを感じてはいないが、それでも学校が楽しいかと問われればボーダーとあまり変わりがないと言うのが本心だ。

連休明けだと言うのに担任の口から出る言葉は連休中も元気に過ごしたかと他愛のない雑談ばかりで連絡事項がなく、またいつも通りの生活が始まった。

「辻、犬飼先輩から聞いたが、断ったそうだな」
「ああ」
「俺に任される方が嫌じゃないのか?」
「何故そうなる」
「いや、ただそう思っただけだ」

奈良坂は涼しい顔をして教科書を準備し始めたので、何となく斜め前の綾瀬さんの背中を見ると、やはりいつも通りにすらりと真っ直ぐ伸びていて綺麗だった。

20160105



特別な黙字をきみに捧ぐ
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