遅咲きの桜のように

少しだけ気温が高いと感じる気候になった7月の中旬。

夏休みが近づいた教室での話題はもっぱら夏休みをどうするか、だった。

クラスメイトの話しに自ら入ることはないが、自席に座ったまま少しだけ耳を傾け自分の予定を考えてみようとしてやめた。普段から予定など防衛任務しかなく、カレンダーに何か書き込むとしても図書館の本の返却日くらいだ。

俺とは正反対に、綾瀬さんのスケジュール帳には色々と書き込んであるのだろう。

中身を見たことはないが、綾瀬さんがよく使っているB6サイズのノートはスケジュール帳であることに最近気付いた。

先生が連絡事項や課題の提出日を言う時にはスッと、机の引き出しや鞄の中から取り出され、広げたページにすらすらとペンが踊る。何かを書いている姿はとても好きだ。

綾瀬さんの背中を見ていた俺の目の前に誰かが立ち、見たくもない男子生徒の制服が視界を埋める。

「辻は夏休みの予定はあるのか?」
「いや」

頭の上から降ってきた声に顔を上げると、数回しか話したことのないクラスメイトがいた。

「夏休みが始まってからすぐの夏祭りにみんなで行こうぜ、って話になってるんだけどさ、辻も来る? 奈良坂も任務がなかったら行くってさ」
「俺は……、ごめん考えておく」
「そっかー、来てくれたら嬉しいからとりあえず時間が決まったら教える」
「分かった」

それだけを話して、彼はまた別の人の場所に行ってしまった。

そうか、夏祭り。綾瀬さんも行くのだろうか。

待て、なぜ綾瀬さんのことを考えているんだ。気がつけばいつも綾瀬さんの事を考えているし、目で追ってしまっている。

「辻? どうかしたか?」
「あ、ああ、奈良坂か。いや、少し考え事だ」

不思議そうな顔をしている奈良坂は少しだけ考える素振りを見せた後で、何か結論が出たのか、改めて俺の目の前に顔を近づけた。

「夏祭り、俺は行くべきだと思う」
「そうか?」

俺の返答など聞きもせず、奈良坂はまたどこかへ行ってしまった。

◇◆◇

夏祭りの話を聞いてから数日が経った朝。

俺の机の上には待ち侘びていた淡いピンク色のふせんがあった。

辻くんへ
夏祭りは来週の日曜日です
学校の近くの公園で待っています
来てくれたら嬉しいです
綾瀬


文面に少しだけ驚いてしまった。

クラスメイト全員を誘っていたアイツが俺だけまだ決めかねていることを綾瀬さんに言ったのだろうと想像はつくが、まるでデートの誘いのような書き方で、顔に熱が集まるのを感じる。

慌てていつもと同じように数学の教科書の背表紙の内側に貼り、そっと教科書を閉じながら、ああ、これは恋だ、と俺は他人事のように思いつつ机に顔を伏せた。

20160208



特別な黙字をきみに捧ぐ
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