彼の世界は案外狭い

あれから少しの時間烏野バレー部の練習に付き合って、その後は彼らより早く校門をくぐった。

青城も頑張ってると思っていたが、それぞれの学校がそれぞれ頑張っていた。自分も頑張らないと。

そうだな。頑張る、か。チームっていいな。切磋琢磨ってところがいいと思う。もちろん自分にも負けたくない相手はいる。けれど戦う時はひとりだ。何でピアノを始めたんだっけ。確か家にあったピアノを弾いたとき、母がとても喜んでくれたから、だったかな。

過去を思い出して感慨深くなっていた時、ふと背中に視線を感じたので振り替えると、ひとりの男子高校生が立っていた。

「啓?」
「えっと、ごめんなさい。どちらさまで……」
「あ、ああ、ごめん。小4の時に転校した中山、です」
「ああ!俺こそごめん! 宮城に来てたんだな!」
「そうなんだ! 啓も元気そうで良かったよ!」

小学生時代に何度か同じクラスになったことのあっただけの、ただそれだけの、ごく普通のクラスメイトだったけれど、こうして覚えてくれていただけでも嬉しかった。確かに自分はあの場所にいたんだな、と思える瞬間だ。

「まだピアノやってるんだな! たまにニュースとかネットで見るぜ!」
「あ、ああ、それで」

違った。覚えていたわけじゃなかったか。

「すごいな! プロになるんだって?」
「まだ決まってないけどね」
「みんな応援してるぜ!」
「ありがとう」

それからは何を話したのか覚えていない。

会話の内容は今何をしているのかであったし、過去の話に花を咲かせることはなかった。それが無償に悲しかったことだけを鮮明に覚えている。

気づいたら家に帰っていた。何でこんなに落ち込んでいるんだろう。

制服のポケットからスマホを取り出すと数件の連絡が入っていることを通知が知らせていたが、その通知すら煩わしくて全て削除した。

そのまま連絡先を数回タップ、スワイプ、通話ボタンを押す。

2回のコール音のあと、相手が電話に出た。

「啓ちゃーん! どうしたの? 電話なんて珍しいね!」
「あ、やっぱ間違えた」
「何でー!」

及川の声を聞いて少し元気が出るなんて俺も相当頭イッチャッテるな。

「及川さ、俺が遠くに行ったら嫌だ?」
「え! なんで! 考え直して!」
「あ、いや、行かないから」
「え!」
「例え話だから」
「もーーーーー、びっくりしたじゃん。嫌に決まってるけど、啓ちゃんが決めたことなら引き留めはしないよ。別に今生の別れじゃないし俺は啓ちゃんのこと忘れるはずないからね」

なんだよこいつイケメンかよ。イケメンだったわ。

「もしかして啓ちゃん落ち込んでる? よーし明日は及川さんが牛乳パンを奢ってあげよう!」
「いや、焼そばパンかコロッケパンがいい」
「啓ちゃんって顔に似合わないもの食べるよね」
「顔に似合わないってなんだよ。寧ろ何が似合うんだよ」
「フレンチトースト」
「ぷっ、はは」

フレンチトーストは嫌いじゃないけど、お昼に食べるなら焼そばパンかな、と続けると、及川は仕方ないなぁと了承してくれた。


青城のピアニスト
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