音楽室は彼の城

部活が終わって、俺は岩ちゃんを連れて音楽室に向かう。

音楽室に近づくにつれ、激しくも美しいピアノの音色が聞こえてくる。止まることのない音色は音楽にあまり詳しくない俺でもすごいと思えるし、今聴こえるこの音を例えるなら透き通ったガラスのような感じだ。透明感があるって感じかな。うまく言えないや。

啓ちゃんはこの状態で扉を開けても気づかない。

啓ちゃんの演奏が終わるまで近くに置いてある椅子にしばらく座って待っていると、曲を弾き終えた啓ちゃんが少しだけ疲れた顔をしてから俺を見て目を細めた。

「及川お疲れ、声かけてくれれば良かったのに」
「演奏って長くても5分くらいでしょ?それなら俺は待つよ」
「いや、及川は待たせるけど一緒にいる岩泉に申し訳ないだろ」
「お前を待ってない方が及川がうるさいから待ってるだけだ。気にするな」
「岩泉マジかっこいい」

篠岡が及川に目線を移すと頬を大きく膨らませて「せっかくかっこよく決めたのになんで岩ちゃんなの」と小声で何度も言っていた。

「で、及川、今日はどうだった?」
「ばっちりー! サーブ前より入るようになったよ!」
「さすが俺の及川」
「えへへー」

三人揃って帰宅する。これが恒例行事のように行われるんだから不思議なものである。

篠岡がピアノやその周りの机に置いてある譜面を片付けようとピアノの譜面台に置かれた本を取ろうとすると、及川はその手を軽く掴んで止めた。

「啓ちゃんこの前のあれ弾いてよ」
「は?お前疲れてないの?早く帰った方が……」

篠岡はチラリと岩泉を見ると、岩泉は帰る支度をしておらず、バッグは机の上、椅子から立ち上がろうともせず携帯電話を操作していた。

「はいはいそういうことね」

及川は自分の居場所かのように篠岡の隣に座り、篠岡も及川が座れるようにスペースを少しあけた。

こうなると連弾でも無い限り弾きにくいことこの上ないのだが、コンクールでもないし間違えてもいいかなと思い、許してしまう。

少しだけ息を大きめに吸ってから篠岡は鍵盤に指を置いた。

曲の中盤になりかけた時、及川は口を開いた。

「ねぇ啓ちゃん」
「なぁに及川」
「啓ちゃんは何でそんなにかっこいいの?」
「うーん。及川を支えたいと思うからかな」
「なにそれ口説いてるの?」
「及川こそ」

及川はそのまま頭を俺の肩に乗せてきた。重いし、ピアノは更に弾きにくくなるし、でもふわふわで少しだけ暖かくていいな。

やっと最後まで弾き終わった。腕とか指とかペダルとか色々届かなくて、外した音は8つもあるし、テンポ遅れは13回。とんでもなく下手くそな演奏だった。

それでも空はまだ少しだけ明るくて、夕日が後少しで落ちるギリギリの所で真っ赤に輝いている。真っ赤な光は空だけでなく俺と及川と岩泉の顔をまでも真っ赤な染め上げて、なんだか笑ってしまった。

「インハイもうすぐだっけ?」
「うん」
「日付とか対戦順とか分かったら教えろよ」
「えっ! 啓ちゃん見に来てくれるの!?」
「俺もコンクールとかあるけど出来る限り行くよ。『啓ちゃんが応援してくれたら100人力』なんだろ?」
「ありがと」
「どういたしまして」

ほら、帰るよ。と、腕をつかんで椅子から引き上げるとにこりと笑った及川に安心した。


青城のピアニスト
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