得意科目は数学

「啓ちゃんまだかなー! 啓ちゃんまだかなー!」
「うるせぇぞクソ川」
「だってぇーー」

青葉城西高校の昼休み。

椅子に逆向きで座り、背もたれに身体と顎を預けた状態で、足をバタバタさせながら、及川徹は机を挟んで向かい合わせに座っている岩泉にうるさく話しかけていた。

「篠岡なら今頃いつも通りピアノ弾いてんじゃねーの」
「いーーや、出番までまだ少しくらい時間あると思うよ!」
「そんな細かいあいつのスケジュール知ってるのかよ気持ちわりぃ」
「ひどい!」

及川の話題は篠岡の話ばかりだった。

及川徹と篠岡啓は昔からという仲が良いというわけでもなく、高校1年生の頃、たまたま同じクラスになったことがきっかけで仲良くなったと岩泉は及川から聞いていた。

なぜここまで及川が篠岡に気にかけてばかりいるのかは甚だ理解しがたかったが、いつの日か鬱陶しいほど懐かれている篠岡に「嫌にならないのか」と言ってみたら、「岩泉と一緒なんじゃねーの」と返されたことがある。やはり理解はできなかった。

篠岡は毎年何回か海外に行く。将来ピアニストになるのが夢だそうで、それには日本だけではダメなんだと良く言っている。この歳から将来をこれほどまでに考えているのは自分の周りでは珍しい。

感心している岩泉をよそに、及川は「啓ちゃんまだかなー」と大きなひとりごとをつぶやいていた。

その時、携帯電話のバイブレーションの音が及川のポケットから響いた。通話ボタンをスピーカーに変えた及川は机の上に携帯電話を置き、話しかけた。

「もしもーし! 及川さんだよー!! 啓ちゃん? 元気? どうだった?」
『いつも通りだったよ。それより今昼休みで合ってたよな?』
「うん! 岩ちゃんもいるよ!」
「たまたま居ただけだけどな」
『ああ、ごめんな岩泉』
「なにそれー! あ、啓ちゃんいつ帰ってくるの?」
『及川がうるさそうだから明日の夕方には帰ってくるよ』
「ひどい!」

そこから及川は篠岡が旅立ってからの自分の生活を語り始めた。俺が篠岡だったら通話を即刻切っていただろう。

その話を適当な相槌を打ちながら聞いていた篠岡は最後に『じゃあな』と言って通話を切った。時間は昼休みが終わる5分前。そこで理解した。篠岡から電話がかかってきたのは昼休み開始から20分後、通話が切れたのが昼休み終了5分前。あいつ、計算してたな。

計算高いやつだとは常日頃から感じていたがこれを及川に言うのはやめようと岩泉は思った。

きっと篠岡は、自分が及川に電話をかけたら授業中だろうが部活中だろうが出るだろうと考えたに違いない。それは自惚れではなく及川がそういう性格なのだということなのだろう。しかしながらおそらく及川は「もしかして啓ちゃん俺と話したくないから昼休みのちょっとしか電話してくれなかったのかな」なんて慌て出すだろう。

それにしても昼休みの時間をよくオーストリアから計算したものだと改めて思う。ウェブサイトでも見たのだろうか、スマートフォンのアプリでも使ったのだろうか、いや、あいつなら暗算でさっと計算したんだろうな。

律儀なやつ。


青城のピアニスト
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