ただ眠いだけ

「啓ちゃん!! おかえりー!」
「おはよう及川。それと、うるさい」
「冷たい!」

篠岡が青葉城西高校に帰ってきた。

いつもは始業の30分以上は前に登校して音楽室にいる篠岡だったが、今日は始業の5分前に教室に現れた。そりゃ帰国して次の日、朝から学校に来た篠岡に大きな声話しかけたら冷たくなるだろう。おはようと言って貰えただけ感謝しろと教室中の誰もが思った。

「で、どうだったの?」
「ちゃんと最優秀賞とってきたから大丈夫」
「さっすがーーー!」

さらりとすごいことを言う篠岡にはもう慣れているクラスメイトに篠岡は少し飽きた顔をしながら「金田一のところに行こうかな」とぽつりと言った。

「やーーーだーーー! 及川さんがいくらでも聞いてあげるからー! 褒めるからー!」
「はいはい。ほら先生来たよ」

「席につけー」とお決まりの文句を言いながら担任の先生は教室に入り、教卓の前に立つと辺りを見渡して口を開いた。

「お、篠岡帰って来たか。休みだった時の提出物はあとで誰かに聞いて今週中に出しとけよー」
「はぁい」

眠そうな返事に少しだけ苦笑されていたが、授業態度は比較的真面目篠岡はそのままスルーされ、先生は出欠をとり、連絡事項を話し始めた。

しかしながら連絡事項も然程無かったため、HRは早々に終わり先生が出て行った後の教室はまた騒がしさを取り戻し始めていた。

「啓ちゃーーーん!」
「なに?」
「うわ冷たい。せっかく啓ちゃんが休んでる間のノートしっかり取っておいたから持ってきたのにー」
「及川がノート取ってくれてることは信じていたよ。ありがとう」
「だよねーーー!! 及川さんマジ健気!!」
「はいはい」

一年生の頃から篠岡が長期間休んだ次の日は、クラスメイト命名の『漫才』をしながら篠岡は及川からノートを借りる。

このノートは昔、及川がわざわざ新しいノート1冊に休んでいた授業を日付順にご丁寧にまとめたもので、それを今でも続けている。ちなみにノートは2冊目だ。

及川が篠岡のために初めてとったノートをとって篠岡に渡した時、篠岡が目を大きく丸くして声も出ずに驚いたことを及川はおもしろ半分に覚えている。そんな及川自身も他人に自分のノートを貸すことはあっても、自分のノートを1冊使い、自分のノートと平行して友人のノートをとることは初めてであった。

「それにしても及川はノートとるの結構うまいよな」
「え? そう? そんなこと言われたの初めて!」
「いつもありがとな」

ふわりと優しい笑顔をした篠岡に及川は息を呑んだ。

「えっ、あっ、ねえ! 今の顔! 今の顔もう一回!!」
「は?意味分かんない」

篠岡はただ眠かったから眉と目尻が下がり、声が間延びし、目がいつもより細くなっただけけだった。


青城のピアニスト
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