長文ならメール派
及川が「今日はミーティングなの!一緒に昼食食べられなくてごめんね!」と約束もしていないのに謝りながら岩泉に引きずられて去っていったので篠岡は昼食を出そうと鞄を開いた。
-新着メールが1通あります-
ピカピカとスマホのLEDライトが光っていたのでスマホのロックを解除する。
差出人は『西谷夕』と表示されており、少しだけ表情が緩んだ。
「なになにー? メール?」
「山田、勝手に人のスマホの画面除くな」
「いいじゃーん。篠岡とメールするなんて西谷か及川くらいしかいないじゃん」
山田友は篠岡の中学時代からの唯一の女の友人である。休みがちな篠岡のことを「色々頼んだぞ」と偶々席が近かっただけで先生に頼まれたことで始まった関係だったが、まさか高校まで一緒になるなんて思わなかったというのがお互いの感想である。
「西谷にとって篠岡はまだ"千鳥山の王子様"なの?」
「その呼び方やめろ」
千鳥山ではいつの間にか"王子様"なんて呼ばれていたが、青城に来てからはやっとそれも無くなったと思っていたのに再び聞きたくなかったと篠岡は片手で目をあててため息をついた。
「まあいいやー。私は西谷くんとはそれほど仲良かったってほどじゃないしー」
ばいばーいと手を振りながら女子グループの輪に戻っていった山田の背中を見てから西谷のメールを開いた。
『この前言ってた大会どうでしたか! 俺聴きたいッス!』
聴きたい、と言われたら聴かせてあげたいなぁと思うがそんなことできただろうかと頭を捻る。ああ、そういえばWeb配信されていたなと検索してみると確かに固定カメラでの動画があるが会員専用ページからログインしないと見えないし、尚且つ言語がドイツ語しかない。どうしたものか。
ログインには自分のメールアドレスとパスワードを使ってかまわないのだが、ここから大会出場の申請もできてしまうし、動画だけを見てもらいたいとも思う。
誰かドイツ語ができる人が西谷の傍に居てくれればいいのだが、そんな都合の良いことはないだろうし、せめて下手なことをしない良識ある友人が側にいて助けてもらいたい。
聞いてみるかと篠岡はスマホを操作して入力を始めた。
『ちゃんと優勝したから大丈夫だよ。西谷の近くにドイツ語が読める人か頭が良くて優しい人はいるか?』
送信。
スマホを置き、お弁当を開けてご飯を口に入れる。朝余裕がある日はできる限り弁当を用意することにしている。将来生活力のある人間になりたいと思うし、料理くらいできなければ海外で長期滞在もできないと思う。
ピカリとスマホのLEDが再び光った。
『スガさんがいます! 優しくて頭いいです!』
スガさんって誰だ。
若干の不安を残しつつ動画を見るため手順をメールで丁寧に書いて送信した。これで大丈夫なはずだ。
また数分後、スマホのLEDが光った。
『ありがとうございます! 部活前に見ます! もう少しで昼休み終わるので失礼します』
はっ、として時計を見ると昼休み終了10分前。
しまった。手順を丁寧に分かりやすく書くことに集中しすぎて時間が経ちすぎていた。素早くお弁当を食べて次の時間の準備を始めた頃に及川がうざったらしく戻ってきた。及川が戻って来てまだ食べ終えていなかったら俺がいなくて寂しかった?とか一緒に食べてあげるー!とか鬱陶しくて仕方なかっただろう。急いで食べ終えて良かったと思った昼休みの出来事。