坊主の苦悩

昨日は1日中ずっと雨だった。バレーボール部にそれほど影響はないものの、じめじめとした空気といつもとは違う床の状態に、いつも以上のやる気は出せないでいた。

今日は昨日の雨が嘘のように朝から晴天になり、街路樹や軒先の花についた雨粒がキラキラと輝いている。小さな水たまりは空の青を美しく映している。

朝特有のひんやりと澄んだ空気を切り裂くように、日向は自転車のペダルを思い切り回しながら烏野高校を目指した。ぴしゃりと水たまりの跳ねるがそんなことは気にしない。

「ちわーっす!」

部室のドアを開け、準備をしていると続々と部員が集まってきた。

澤村と菅原と清水は今日のメニューを相談しており、他の部員も各々準備を始めだし、時刻は部活開始5分前。日向が辺りを軽く見渡すと、一人、田中だけがこの場に居なかった。

「大地さん、田中先輩はおやすみですか?」
「わからん。連絡はきてないなー」

そんなことを話しているとガラリと体育館のドアが開いた。

「遅くなってすみません」

田中だ。

覇気は全くなく、少し落ち込んでいるようにも見える。いつもならば「遅い!」「たるんでるぞ!」と喝を入れられる場面だったが、田中の顔色を見て澤村は優しく声をかけた。

「どうした田中。何があったんだ?」
「いやぁ、そこまで心配されることではないんスけど、最近話題のピアニストとやらのコンサートが地元でやるらしいんスよ。で、それのチケットが今日の0時からでして、ねーちゃんに付き合わされてネットでチケット争奪戦してました」
「お、おう……」
「案の定チケットは取れず、ネットで探し続けていたら朝の4時になってまして……。ギリギリまで寝てました」
「お疲れ」

田中は目の下に隈を薄く浮かべた顔であったが、素早くジャージに着替えて練習は開始された。

練習開始から20分後、小休憩をとり始めたところで武田先生がやってきた。田中は体育館の壁にもたれて目を閉じていたが、西谷は声をかけた。

「なあ龍。そのピアニストって誰だ?」
「えーーーと、篠岡 啓。家に帰っても姉ちゃん機嫌悪いんだろうな」

田中が目も開けず少し間延びした声で返答と不満をもらすと、西谷は顎に手を当てて少し唸って考えると口を開いた。

「なんとかなるかもしれないぞ龍!」
「へっ!」

素っ頓狂な声をあげながら目を開け、飛び起きた田中のの両肩に西谷は手を置いた。

「まかせろ!」



青城のピアニスト
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