コールコールコール

やけに自信があふれている西谷はそのまま武田に向って直行した。

「すみません今すぐに連絡をとりたい人が居ます。ここで電話をかけさせてください」
「差し支えなければどなたに何の電話をかけるのか教えていただけますか?」
「中学時代の先輩にコンサートのチケット余ってないかって聞きたいです!」

なんだなんだと部員が西谷の周りに集まって来た。

「それで田中が元気になるかもしれないなら…。先生自分からもお願いします」

澤村が頭を下げると、武田は仕方ないですね、と了承し、西谷に「まだ朝早いので迷惑をかけるかもしれないという事を忘れてはいけません。最初にちゃんと朝早くにすみませんと言ってくださいね」と実に先生らしいことを言った。

「あざーーーっす!」と元気なお礼と共にバッグの中から携帯電話を取り出して電話を掛ける西谷の背中を全員が見ていた。

「おはようございます。朝早くにすみません先輩今大丈夫ッスか?」
『ノヤ? どうしたの?』
「先輩コンサートするんスか! なんで教えてくれなかったんスか! チケット余っていませんか!」

もはや疑問形でもない、と武田と部員は全員頭に手を当ててため息を付いた。

その中でふと菅原が顔を上げた。先輩、コンサート、ピアノ、その単語が綺麗に一本の線で繋がったように自分の中にストンと落ちてきた。もしかしてその相手はこの前西谷がメールをして、動画を見ていたあの人ではないだろうか。それだとしたら西谷は"チケットを持っていそう、またはチケットを入手できそうな人間"ではなくて"コンサートの主役"そのものにチケット交渉をしようとしているのではないだろうかとビジョンが浮かんできた。

「はい、はい、ちょっと聞いてみます。先生! チケット持って来てくれるそうなので、午後の部活の時間にここに部外者が来て大丈夫ですかって聞いてくれって先輩が言ってます!」
「え、あ、はい大丈夫ですよ。一応来客者として扱わせていただきますので名前を伺っても良いですか?」
「篠岡啓 先輩です!」
「ええええええええええええええ!」

武田が大きな驚きの声を上げた。

『ノヤ、何で急に俺の名前言ってんの? え? 何? 今の声何?』

「あ、あの、西谷君。電話を代わってもいいですか?」
「はい! どうぞ!」
『もしもし?』
「もしもし私、烏野高校バレー部顧問の武田と申します。篠岡 啓さんでお間違いありませんでしょうか?」
『あ、はい大丈夫です』
「あの、篠岡さんはピアニストの方で、2年前にCDを出しましたよね?」
『はい』
「ああああ、あの! 大ファンです! サインいただけないでしょうか!」

烏野バレー部全員が武田の赤く緊張した顔に驚きを隠せず、叫ぶ者、絶句する者、状況の飲み込めない者と多種多様な反応をしていた。

『構いませんがサインペンを持っていないのでサインペンと、書く媒体を用意していただきたいのですが……』
「それくらい大丈夫です!では17時頃はいかがでしょう?直接体育館に来ていただければ構いません」
『分かりました。たぶん迷子にはならないと思うので17時頃にお伺いします』
「はい。西谷くん、終わりました」

西谷は携帯電話を受け取ってから少しだけ会話をして電源ボタンを押した。

部員達は武田を囲みながら、いつからファンだったのか、どんなところが好きなのか、緊張しますか、などまるで恋話に花咲かせる女子生徒のような質問を投げかけていたが、武田は西谷の要件をすっかり忘れ、浮かれた返事ばかりしていた。


青城のピアニスト
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