「オメーら、そろそろ帰るぞ」
「えー!まだ明るいじゃねえかよ」
「もうすぐに暗くなりますよ。続きはまた明日にしましょう」
高校生探偵の工藤新一、もとい小学1年生の名探偵、江戸川コナンは少年探偵団と一緒に公園で遊んでいた。夕方になったから帰る。小学1年生になった自分にとって守らなければならないルールの一つだった。
まだ遊びたがっている元太をなだめながら公園を出口に向かっていたときだった。
「そういえば、歩美ちゃんは?」
「歩美ちゃんなら手を洗いにお手洗いに行きましたよ」
「コナンくーーーん!!!」
「どうした!?」
「お姉さんが!黒ずくめの男に誘拐されそうになってる!」
「どこだ!?」
公園の出入口に面している歩道で若い女性をニット帽とマスクで顔を隠した全身黒ずくめの男が車に乗せようとしていた。
若い女性には見覚えがあった。たしかポアロによく来ていて、蘭が安室さんの片思いの相手だとか何とか言っていた……
「……名前さん……?」
「あのお姉さん、名前さんっていうの?」
「ああ、たぶんな」
スマホで高木刑事に電話をかけるが繋がらない。
男は彼女を車に乗せた後、自身も車に乗り込んだ。
時間がない。
そういえば…最近おっちゃんの弟子になった安室さんが探偵事務所に顔を出すと言っていたことを思い出す。
「……ここからだと探偵事務所が近い!オメーらはおっちゃんに伝えてきてくれ!」
「おう!」
「わかりました!」
「灰原はこのことを警察に伝えてくれ!」
「わかったわ……気を付けなさいよ」
「ああ……!」
そのままオレはスケートボードでワゴン車を追う。
目の前で起こった事件を見て見ぬ振りをすることは、探偵として、一人の人間としてできなかった。
ワゴン車はスケートボードよりも速くだんだん距離が空いてくる。
まだ奴等がどこに向かおうとしているのかわからねぇっていうのに!
舌打ちをしたタイミングで江戸川コナンのスマホに着信が入る。
『コナン君かい?名前さんが誘拐されたって聞いたんだけど本当かい?』
「多分ね!今は帝丹大学通りを北上してる!」
『ナンバーと車種はわかるかい?』
それに答えると安室さんは一言礼を言ってオレに家に帰るように伝えてから電話を切った。
完璧に日が落ちてスケートボードも動かなくなる。発信器をつけていない車を追うことは不可能だった。
でも……自分の中に一つの確信があった。安室透は彼女を必ず助ける。
オレが持っていた発信器を頼りに迎えに来てくれた博士のビートルに乗り込む。
「誘拐されたという女性はどこじゃ?」
「ああ…車は見失ってしまったよ」
「なんじゃと…!?では、早く探さんと手遅れに……!!」
「その心配はねえよ。おっちゃんの弟子の安室さんが向かったからな。絶対に彼女は無事なはずだ」
タイミングを見計らったかのようにメールの着信音が車内に響く。
『コナン君、ありがとう。彼女は無事に保護をして犯人は確保された』
安室さんからのメールを読み上げると博士は安堵のため息を溢す。
「それと…これ、彼女の落とし物なんじゃないかしら。ちょうど彼女が拐われた近くに落ちていたんだけど」
助手席の灰原からスマホを受けとる。
恐らく落とした衝撃で画面が割れてる以外は特徴のないスマホ。しっかりとロックがかかっていて持ち主を特定することは難しそうだった。
ひとまずスマホの写真を安室さんに送っておく。
「そういやどこに向かってるんだ?」
「毛利探偵事務所じゃよ。子供たちもそれぞれ家に送ったしの」
「はあ?警察に行くんじゃねえのかよ!灰原、お前ちゃんと110番したのかよ」
「ちゃんとしたわよ。110番の後、高木刑事から電話がかかってきて、事のあらましを説明しておしまい。捜査はするから大丈夫。通報ありがとうってね」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」
「いいんじゃない?もうその犯人、捕まったみたいだし」
「いや、だからってなあ…」
そういえば、誘拐事件が起こった割りにパトカーはほとんど走っていない。
町は平和そのものに見えた。
帰って来た探偵事務所でも蘭もおっちゃんも何も知らないようで、帰りが遅いことを怒られただけだった。
その日は高木刑事からも安室さんからも連絡は来なかった。
翌日の朝、探偵事務所の前で待っていた安室さんに灰原が拾ったスマホを預けた。
事件について、彼女について聞きたいことは山のようにあったのに「早く学校に行かないと遅刻しちゃうよ」と言う蘭に引きずられるようにその場を離れる。
この時間に来たのはわざとに違いない。
高木刑事から連絡があったのは事件から3日後で、簡単な事情聴取だけだった。
事件について、どうして電話で簡単に状況を説明しただけでよかったのか。誰も捜査をしていないようだったのは何故か。気になることをいろいろ聞いたけど、高木刑事は「僕からは何も言えないんだ。ごめんね。でも、犯人は確保されたから……」と困ったように笑って、それ以上は何も答えてくれなかった。
誘拐された彼女と出会ったのは事件から1週間が経とうかという頃だった。
学校終わりに立ち寄ったポアロのカウンター席で彼女は梓さんとお喋りをしながら紅茶を飲んでいた。
「名前さん、このコナン君が君のスマホを拾ってくれたんですよ」
安室さんの一言で彼女は目線をこちらを向ける。
彼女はそのまま俺の近くに来て、頭を下げた。
「スマホがないと本当に困っていたから……ありがとう。何かお礼をさせて?」
彼女にお礼としてオレンジジュースをもらい、明日も会いたいと言う彼女に了承を示す。
自分の席に戻った彼女に安室さんが何かを話しかける。
彼女はそれに対してはにかむように笑っていた。
彼女と安室透の距離はこんなに近かっただろうか?
「コナン君が名前さんのスマホを拾ったの?」
「うん!そうだよ!」
「あの子がスマホを落とすなんて珍しいわね」
「ねえ梓さん、安室さんと名前さんって前から仲良しだったの?」
「前はそうでもなかったけど、1週間くらい前から仲良くなったみたいね。何かあったのかしら」
「そっかー…ありがとう。梓さん」
梓さんは誘拐事件について何も知らないようだった。
彼女と梓さんの仲は良好のようだし何かあったことを話していてもおかしくはない。なのに何も知らない。
警察も捜査に関わっていない。
あの事件の真相について知っているのは安室透と名字名前だけということだ。
彼と彼女に何かあるのだろうか。
あの黒ずくめの男、ただの誘拐犯だと思っていたが組織の人間だったのか?
それとも組織の人間として彼と彼女が接触を図ったのだろうか。
彼と彼女は何者なのか。
ずっと考えていたが答えが見つからないまま、翌日、約束どおり彼女とポアロで再会した。
彼女に少年探偵団へのお礼にとクッキーの詰め合わせを渡されて、思わずずっこけそうになったのはここだけの話だ。
彼女はどこまでも、どこまでも普通の女子大生のようだった。