黄昏時/うつむく人

夕方、ポアロでのバイトを終え、最近弟子入りした毛利探偵のところに顔を出そうとしたときだった。
少年探偵団を名乗る子供たちのうち、より子供らしい3人が慌てた様子でこちらへ向かってくるのが見えた。

「安室の兄ちゃん!」
「どうしたんだい?」
「名前お姉さんが悪い人に連れて行かれちゃったの!」
「……名前さんが?」
「はい!コナン君が探偵事務所に伝えるようにって…」
「なるほど。コナン君はどうしたんだい?」
「スケートボードで追いかけているようです!」
「わかった。ありがとう。僕が聞いたからもう大丈夫。君たちは気を付けて家に帰るんだよ」

目的地を探偵事務所から駐車場に変える。自慢のRX-7の出番のようだ。
それにしても………車で逃げている犯人を追えるスケートボードって一体何なんだ。

「コナン君かい?名前さんが誘拐されたって聞いたんだけど本当かい?」
『多分ね!今は帝丹大学通りを北上してる!』
スケートボードで車を追っているという話も本当らしく、コナン君の声のほかにバイクに乗っているときのようなビュービューという風の音も聞こえる。
バイクほどのスピードが出るスケートボードってなんだ。最近の小学生は恐ろしい。

誘拐された公園から帝丹大学通りへ行くためのルートはいくつかあるが、目撃された時間とコナン君が車を追っている大体のスピードでシミュレーションするとルートは一つに絞られる。
愛車で飛ばすこと数分。コナン君のいう黒いワゴン車を見つけた。ナンバーも一致。あとは車中の様子に注意しながら尾行するだけ。

「風見か。恐らく少し前に誘拐を目撃したと110番通報があったはずだ。捜査1課の目暮警部の班が対応する可能性がある。とりあえずその通報をもみ消せ。俺の調査対象者が関わっている可能性がある。犯人を確保した後、俺はその場を去るから一人こちらに寄越せ。場所はデータで送るから確認しろ」
『え…降谷さん!急に電話してきてそん………』
風見が何かを言っていたが構わずに電話を切る。必要な情報は全て言った。風見ならこちらの望む結果を出すに違いない。

車はそれから舗装のされていない細い道を通り、海へたどり着いた。

暗い小道に車を寄せて奴等の車を見る。
街灯も何もない海辺では普通の人は何も見えないだろう。ただし、俺は違う。人より暗闇に目が慣れるのが早く、車から出てくる犯人の姿もよく見えた。
大柄な男と細身の男の二人組。

大柄な男が車の荷台を開ける。
「紛らわしい格好しやがって!」
何かを殴る音。
「おい、なにやってんだよ」
「抵抗されたら面倒だからな。これで抵抗できねえだろ」

大柄の男が邪魔で荷台の中まで見えないが、その中に確実に誘拐された誰かがいる。……恐らく名字名前が。

男が笑いながら荷台の中に手を伸ばす。
…もう充分だろう。
車のライトを付けてハイビームにする。

「誰だ!?」
「大事な人なので…僕に返していただけませんか?」
「誰だっつってんだよ!!」
大柄の男は見た目どおり頭が弱いのかこちらの質問には答えない。
荷台の奥に手足を縛られた女が乗っているのが見える。顔は男に隠れていて見えない。
「あ、ああ…そう……そうだ……あの女はこいつのツレなんだよ。そういう性癖があるんだ。兄ちゃんには貸せねえなあ」
小柄な男が取り繕うように言ってくる。大柄の男に比べたらいくらか頭が働くようだ。

「…ほう。僕は彼女と親しくさせてもらってますが、彼氏がいたという話は聞いたことがありませんね。……それも、こんな頭の悪そうな男…」
煽られているということはいくら頭の弱い男でも理解できたらしい。こちらに殴りかかってくる右拳を受け流し、みぞおちにオレの拳を叩きつける。
たった一撃で戦闘不能になった男を砂浜に落とす。
大柄の男を見捨てて逃げようとした小柄な男にもみぞおちに一発入れる。先程より軽くしたにも関わらずあっけなく砂浜に倒れた男を一瞥する。
男たちの車の中にあったロープで縛り、そのまま砂浜に転ばせておく。
もうすでに近くに来ているであろう公安の者にこの場の処理を頼んでいるので、あとは彼女を連れてこの場を去ればいい。




荷台には車のライトに照らされた一人の女性。
力なく荷台の壁にもたれ掛かる姿がある男の姿にダブって見えた。

「…………っ」


全く似ていない二人。
性別も年齢も違う。職業も。
国を守るために自ら引き金を引いた男と誘拐されて呆然としているだけの女。
全く違う。
女は殴られた形跡はあるものの血は出ていないし生きている。
全く違う。
全く違うのに、全然違うのにどうしても重なって見えた。
無意識に握りしめていた拳に力が入る。


この女は一体何なんだ。
スコッチの何だったんだ。

そこにいるのは一体誰だ?