有効期限

誘拐事件から2週間、たった2週間の間にいろんな事があった。
安室さんを家に招き入れて一緒に寝てしまっていたり、画面の割れたスマホを修理して、警察に事情聴取に行って、安室さんやコナン君にお礼のお菓子を渡して……
事情聴取が一番疲れた。誘拐事件のことだとわかっていても、過去のことを聞かれるんじゃないか、何かが証拠になってしまうんじゃないかと怖かった。
前の日は全く眠れなかったし、当日も緊張で吐きそうだった。


あとは安室さん。毎日数回のメールのやり取りやその内容は今までと変わっていない。お礼でポアロを訪れたときもいつもの安室さんで、すごく心配はされたが、それだけで、安室さんは特に何も変わっていなかった。
逆に私は、安室さんからメールが来ただけでドキドキするようになり、ポアロに行ったときに私と話していても梓さんに呼ばれたらそっちに行っちゃうことが嫌だと感じている自分に気づいてしまって…
そんな自分が嫌で最近はポアロに行くのを控えているが、その分、なかなかメールの返信が来ないと何度も新着問い合わせをしていて……えー何だろう、自分、すごく気持ち悪い奴みたいだ……


「名前−!どうしたの?最近元気ないね?」
「あー、うん。まあ」
歯切れの悪い返事を返す私に友人は首をかしげる。

「きょうは木曜日だしポアロに行くんじゃないの?」
「んー。きょうは止めとこうかなって……あっ」
「えっ!何があってもポアロには行ってたのにどうしたの?」
「吐いちまえよ。吐いたら楽になるぜ」
しまったと、思ったときにはもう遅くて、肩をがっつりホールドされて、胸の内を全て吐かされることになった。
こうなったら彼女たちは止まらない。


彼女たちには誘拐されたことは伝えていたので、その後何があったか、安室さんが他の人と話しているのを見たくないことやメールの返信を気にしすぎてしまうことを話した。
たまに質問もされながら自分の思っていることを全て打ち明けた後、彼女たちは顔を見合わせてそして笑った。

「名前が安室さんのこと大好きってことだけはよくわかったよ」
もう一人もうんうんとうなづいている。
「そんな大好きってことは、ないよ」
あんなことがあって忘れかけていたが、ゼロである可能性大の彼は本来警戒すべき相手なのだ。

「いーや。どっからどう見ても恋する乙女だね」
「付き合っちゃえばいいのに」
「安室さんだって真剣だと思うけどな。名前が何で嫌がっているのかよくわからないんだけど」
「確かに。何で付き合わないの?」
私は犯罪行為に加担していた過去があって、警察官かもしれない安室さんにそれがバレるとヤバい。
………なんて言えるはずもない。

「あんなにかっこよくてよくできた人が私を好きになるって思えない。探偵だし、私と恋人になることで何かプラスになることとかあるんじゃないかな」
「いやー、それはないでしょ」
「ないない」
「最初に声かけられた段階ならそれもあるかもしれないけど、もう数カ月経っているでしょ?近づいて利用するには時間かかりすぎ」
「毎回車で送ってくれたり、助けてくれたり、仕事だとしても普通そこまで出来ないと思おうよ」
「そう…かな…」

「はぁ。そんなに心配なら、私も一緒に行って安室さんのこと見てみるよ」
「それいいね!私はきょうバイトだからあなたに任せる!」
「任されろ!!」
「まじか」

バイトへ行く友人を見送ったあと、ポアロへの道を進む。
いつも一人で行っていた道を誰かと歩くのは変な感じがした。


目の前には一週間ぶりのポアロの扉。いつもと変わらないはずの戸がやたら重々しくて、入るのをためらう。しかし友人はそんなことを知るよしもなく、軽々と戸を開けて私も強制的に入店させられる。


「いらっしゃいま、せ…」
安室さんはびっくりしたように目を開いて、テーブル席に案内してくれた。

「名前さんはあれからは特に困ったことや気になることはありませんか?」
「はい。おかげさまで」
「よかった。こちらは大学のお友達ですか。いつも一人で来ていたのでびっくりしました。またメニューが決まったころに来ますね」

会いたくないと思っていたのが嘘のようだった。安室さんに会ったらやっぱり嬉しくって、話しかけてもらえると思わず笑顔になって、後ろを向かれるとちょっと切なくて…
そんな私を見て、目の前の友人はニヤニヤと笑っていた。

「いやー、恋って素晴らしいね」
「そんなんじゃ、ないって」
「はいはい。それにしても安室さんめっちゃイケメンじゃない!どうやったらあんなイケメンが生まれるんだ。名前!!あんたもう付き合っちゃいなさいよ。あんなイケメンに声をかけられることなんてこれから先ないわよ。ちょっと付き合ってどうしても嫌なら別れたらいいんだし、というか嫌じゃないでしょ、安室さんのこと絶対好きでしょ」
「早く!メニュー決めちゃおう!!私のオススメはサンドイッチ。コーヒーもおいしいらしいよ」
ヒートアップしている友人を黙らせるためにメニュー表を慌てて差し出す。効果はあったようで、興味が逸れたことに安堵する。やはり友人は連れてこないほうがよかったかもしれない。

「コーヒー1つ、紅茶をホットのストレートで1つ、サンドイッチ1つと季節のケーキ2つお願いします!」
「かしこまりました。」
注文を取り終わった後、ニコリとほほ笑む安室さんもかっこいい

「本当に何で嫌なの?」
「本気で好きかわからないし、利用されるだけだよきっと」
「本気で好きか…なんて相手に対して失礼だよ。利用されているって感じることが今まであったの?お会計は全部名前持ちとか、誰かのことを詳しく聞かれたとか」
「なかったけど…」
「じゃあ疑ったって仕方ないじゃん。あるかないかわからないことを心配をするのって疲れるだけだと思うよ」
「そうだけど」
二人同時にため息をついた。彼女は呆れから、私は自分に対する嫌悪感から。

会話が途切れたタイミングでやってきたサンドイッチと飲み物に舌鼓を打つ。余計な渋みのない紅茶も少し温かいサンドイッチもいつもどおりおいしかった。友人も絶賛していて、私がつくったわけでもないのに、なぜか誇らしかった。

「ねえ、何見てるの?」
「…特に何も」
「嘘。安室さんと女の店員さんを見てるでしょ」
彼女の言うとおり、カウンターで談笑している安室さんと梓さんを見ていた。二人が並ぶと絵になる。どちらも美男美女で、いつもニコニコ笑っていて、私にないものをたくさん持っている。

私が彼の横にいても梓さんのように違和感なく馴染むことはできないだろう。
梓さんのように美人じゃないし、愛想だってよくない。安室さんに似合うのは、大人で優しくって、いつもニコニコ笑っていられるような人だと思う。

楽しそうな二人の姿を見たくないと思うのに、目が離せない。


「名前が考えていること、なんとなくわかるよ。その感情、教えてあげようか。――嫉妬って言うんだよ――」


嫉妬。ストンと心の中に落ちた気がした。そうか。私は嫉妬をしていたのか。

「名前は恋愛経験ないんだろうし戸惑っているんだろうけど、嫉妬しているってことは、少なからず好きってことだよ。それが恋愛にしても友達にしても。いきすぎたらだめだろうけど、嫉妬自体は悪い感情じゃない。その人ともっと仲良くなりたいって感情だから、そこは素直になって仲良くなったらいいんじゃないかな。人を好きになるってすごいことだし、両想いならなおさらね。仮に彼と上手くいかなくても私たちがいるじゃない。胸ならいくらでも貸してあげるし、いつだって味方だよ。怖がらないで進んでみたら?」
彼女の言葉が胸に沁みる。今まで受け入れられなかった安室さんが好きだという気持ちが初めて受け入れられるような気がした。

「じゃあ、私はもう帰るから!もうちょっと楽しんでらっしゃい」
いつの間に食べ終わったのか、友人はそう言い残すと颯爽と帰って行った。
慌てて追いかけようとしたが、私の皿の上には半分以上ケーキが残っていて、帰って行く友人を恨めしそうに見るしかなかった。




友人が帰ってから30分後、私は安室さんの車の中にいた。
久しぶりの車内はいつもと変わっていなかった。洋楽がかかっていて居心地がいい。

「引き止めてしまってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
ポアロにいたときは話せたことが嬉しかったのに今は喜びよりも緊張や不安が勝っていた。
「ご友人は帰られたんですね。せっかく二人で来ていたのに」
「あー、彼女は急用か何か思い出したようで……」
「そうだったんですね。名前さんにちゃんと友人がいることがわかって安心しました」
「えっ、そこ心配してたんですか」
「ええ、人付き合いが苦手そうですしね」
「否定はできませんね…」




「梓さんとは付き合っているんですか?」
会話が一区切りついたときだった。仲が良さそうな二人の姿を思い浮かべてしまって思わず口を衝いて出た。私なんかより梓さんのほうがお似合いで、楽しそうに見えてしまったから。

「あなたは、僕が以前言ったことを忘れたんですか?」
「…覚えてます」
「僕の気持ちは名前さんにあるのに、ほかの誰かと付き合うはずがありません。彼女はあくまでも同じ店で働くスタッフで、それ以上の感情は持ち合わせていませんよ」
「梓さんと二人でいるのお似合いだと思いますよ」
口に出したら、それが本当のことのような気がして来てすごく嫌な気持ちになった。


「ヤキモチを焼いてもらえる日が来るなんて思ってもみませんでした」
「え?どういう…?」
「ヤキモチを焼いてくれたんじゃないんですか?梓さんのことを言うときにとてもつらそうな顔をしましたし、あなたの考えることはお見通しですよーーー僕が好きなのは名字名前さん、あなただけです」

こちらを真っ直ぐに見てくる目があまりに真剣で、この蒼色は今だけは私だけのものだと思うとすごく嬉しかった。その蒼を独占したいと思った。

「お付き合いの話はまだ有効ですか?」