(ほんのりこれの続き)



ほんの少しだけ前の話をしよう。

俺には後輩がいた。とは言っても5歳の時に別れて高校に入って再開したから、後輩と言うよりも幼馴染み。だけど、あえて言うなら腐れ縁だろう。
そいつは1学年下で、昔と変わらずずいぶんと俺を慕ってくれてた。まさか高校で再開してまで、こんなに慕ってくれてるとは思わなかった。

『夜久さん夜久さんっ』

そう言って精一杯手を振ってくれたり、走って来てくれたり。そんな沙羅が可愛くない訳がない。間違いなく可愛がってた。はたから見たらそれはもう分かりやすかったらしく、黒尾には度々付き合ってるのかと聞かれるほどに。
事実付き合ってないんだから否定はしてたけど、それが嫌な訳じゃなかった。5歳の時にした約束を守りたいとずっと思っていたから。もしも沙羅が約束を忘れてたらなにも言わないと決めてた。だけど、沙羅も約束を覚えてたらしく、俺の誕生日には「私をもらってください」なんて宣言された。普通は逆なのに、沙羅は真夏のよく晴れた日を思わせる笑顔でそう言ったんだ。
嬉しくないわけがない。俺は間違いなく沙羅が好きだった。沙羅も俺を好きでいてくれてた。春高に出て、卒業して、たぶん大学に行って、きっとこれから先も沙羅は俺の隣にいて、ずっと一緒にいるもんだと思ってた。

「夜久さん…」
「あ?おお、今日のレシーブ練だよな…悪い、先行っててくれ」
「…はい」

それは来年もかわんねぇと思ってた。
思ってたんだけどな…

「夜久」
「なんだよ」
「キツいなら無理するなよ」
「なにもしてない方がいろいろ考えるから…ああ、こう言うとお前らに悪いよな」
「や、お前が無理してねえってんならいいけどよ」

無理はしてない。そう、なにも無理なんてしてない。ただ、認められないだけ。
沙羅がもう隣にいないってことが認められないだけなんだ。

「ねぇ」
「どーした?」
「沙羅なんだけどさ」
「うん」
「まだ生きてるんでしょ?」

世間的に言うなら植物状態ってやつ。調べたら大脳の機能の一部を失ってる状態のことらしい。だから体は生きてる。でも機能が壊れてるから、動かない。

「なら夜久くんが諦めたらダメだよ」
「でもよ、あんな沙羅見て、生きてるって言えるか?」

なんて口では言ったけど、生きてるって言えるに決まってんだろ。死んでなんかねぇ。
だけど、あんなんなって、生きてるとも言えねぇだろ?

「おれも、少し調べただけだから、間違ってるかも知れないけど…植物状態ってちゃんと見えるし、聴こえてるんだって。それも状態によるらしいけど」

知ってる。

「最近は脳波を視覚化する機械も出来たとか」
「お前そんなこと調べてたのか」
「うん。夜久くん元気なかったから…えっと、だからさ、夜久くんがそんなんだと、沙羅はきっと泣くよ」
「研磨っお前夜久さんに…!」
「知ってるよ!」

俺のことを幸せにするって言った沙羅が今の俺を見たら、間違いなく自分を責めるだろう。あいつのことだから「私のことはいいから、夜久さんは絶対幸せになって」とか言い出すんだ。
わかってるんだよ。俺がこんなんじゃダメだってことも。

「知ってるんだよ。俺がいつも通りじゃないとダメなことも、沙羅を信じてやんなきゃダメなことも」

それでもやっぱり、

「沙羅がいなきゃダメなんだよ。沙羅がいなかった頃はどうしてたかなんて、もう思い出せねぇんだ。沙羅がいなきゃ、いつも通りなんてねぇんだよ」

大切なものって、なくして初めて気付くんだよな。なくさなくてもわかってたことだけど、沙羅がいなきゃ意味がない。

「…別に、いつも通りじゃなくてもいいと思う」
「そーだな。お前ら2人で幸せになんだろ?」

俺の誕生日に、幸せにするって言われて、俺が返した言葉。教室で言ったから黒尾はもちろん、クラスメイトや部活のやつ、下手したら梟谷のやつらまで、みんなあの日の事は知ってる。

「それに、夜久があいつを幸せにしてやるんだろ?」

そうだ。沙羅を幸せにするのは俺なんだ。俺だけが幸せになるんじゃなくて、沙羅だけが幸せになるんでもない。2人で幸せになるんだ。

「だったら夜久がここで止まってちゃダメだろ」
「うん」
「ちゃーんと起きてきたあいつが泣かないように、少し進んで待っててやればいいんじゃねぇ?」
「俺も詳しくはないけど、回復する可能性はあるんだろう?」
「そんなの、いつになるかわかんねぇ奇跡みたいなもんだけどな」
「でもお前らもう起こしてるじゃん、奇跡」
「は?」
「高校での運命的な再会してるくらいだ。もう1回くらい起こせんだろ?奇跡ってやつ」

黒尾は当たり前みたいにそんなことを言った。研磨も海も、黒尾の言葉になんの違和感も感じていないのか、やってみろと言わんばかりの顔をしてる。意外なことに現実主義な山本だけが不安そうな顔してるんだからおかしいよな。

でも、こういう時思うんだ。こいつらとチームで、ホント良かったって。

「ばーか。奇跡くらい余裕で起こしてやるよ」
「お、強気に出たねぇ」
「黒尾が言ったんだろーが」
「いやー、まさかこんなに効果があるとはな」
「でも、諦めなければ運はやってくるから、もしかしたら本当に奇跡が起こるかもしれないな」
「サンキュー」

黒尾の胡散臭さと違って、海に言われると妙な説得力を感じる。研磨も海と似たような感じだけど。

「あと夜久くんが元気ないとリエーフがウザい」

どうやら研磨の本音はこっちらしい。

「ノヤ君にも負けられないしな」
「そーそー。ついでに全国制覇して迎えに行ってやろーぜ」
「それいいな」
「負けるのはやだけど疲れそう」
「そう言わない」

お前は動けないだけで今も意識があるって言うなら、簡単に負けるわけにいかない。いつまでも情けないことできねぇ。全国制覇を手土産に会いに行ってやる。


2017/01/03
2017/10/05 加筆修正