それがイミテーションだとしても
「クロは今日しゃべんないで」
「だから悪かったって言ってるだろ」
「おれに言っても意味ない」
「きなこにもちゃんと謝るって」
昨日の帰り際、ようやく見付けたきなこに、今日ちゃんと話をしようとなんとか約束を取り付けた。
「でもよー、本当にきなこ来ると思うか?」
「来るよ。約束したから」
もしかしたら今日も会えないかもしれない、なんてことは少しも思わなかった。
「研磨がそういうなら来るか」
でも、クロに肯定されると少しだけ不安になった。
もちろん来るとは思ってるけど、草むらなんてどれも同じようなのだし、もしかしたら間違えて隠れてるかもしれない。そうなったら、やっぱりおれたちが探さないといけないよね。
「きなこが来るまでは待ってるのか?」
「うん」
「やっぱりボール持ってくればよかったなー」
「そんなことしたら、またきなこ来なくなるよ」
「それが理由かわかんねーだろ」
たしかにわかんないけど、きなこも人目を気にするタイプだと思うから、おとなしく待ってる方がいいと思う。あと、練習して疲れたくない。
思ってることをそのまま言えば、またなにか言われるのはわかりきってる。だから、クロがなにか言うのを適当に聞きながら、適当な返事をしてきなこが来るのを待った。
きなこはいつもなにをしてるんだろう。
おれはこうしてクロの練習に付き合わされることが多いけど、ひとりの時はだいたいボーっとしてる。
「聞いてるか?」
「うん」
今のおれみたいに、川を見てることも多いのかな。悪くないけど、夏は蚊が多そう。今が夏じゃなくてよかった。
しばらくそうして待ってたら、人が近付いてくる音がした。
それに気付いたクロもしゃべるのをやめてそっちを見てたから、やっぱりきなこが来るのを待ってたんだろう。ずっとしゃべってたのも緊張してたとか、そんな感じなのかな。これがきなこじゃなかったらどんな反応するんだろう。
そう思ってたのに、そろりと覗きこんできたのは間違いなくきなこだった。
クロは嬉しかったのか「きなこ!」なんて叫んで驚かせてたけど、おれは不意打ちで目があったことにビックリして視線を下に落とした。
「よかった、今日も来なかったらどうしようかと思った!」
「クロ、声大きい。とりあえず、きなこも座ったら?」
きなこがちゃんと来てテンションがあがってるのか、やたらと話しかけるクロを止めてきなこを座らせた。
一瞬迷ってたけどきなこは、クロと隣り合わないおれの隣に座った。単純にきなこが来た方向におれがいただけなんだけどね。
「なんか、研磨やたらきなこになつかれてるな」
「クロがいじめるからだよ」
「あー、この間はごめん。悪かった」
きなこは驚きながらも、クロが言ったことちゃんと聞いた上で首を振った。それは気にしなくて大丈夫って意味の返事。
「俺たち、きなこと友達になりたいんだ」
クロがそう言うと、ちょっと困ったようにきなこの頭が揺れた。
あ、ちょっと微妙かも。
「その為にも、きなこと話したいんだ」
とりあえずきなこが返事に困らなさそうな、2択で返事ができる質問。そう思って出てきたのが「その髪って元々?」なんて、見た目の事だった。
困ったようにきなこが1つ頷いたのを見たクロが「じゃあ目も元々青いのか?」って聞いたら、やっぱり困ったように1つ頷いた。
それから家は遠いのかとか、本当にどうでもいいことを聞いてから、少しだけ踏み込んでみた。
「きなこ、痛いところ、ない?」
これには1拍置いてから頷いた。
「嘘はダメ。足ケガしてるでしょ」
「ホントか研磨?」
「たぶんだけど、昨日変な走り方してたから」
一緒に練習した日とは明らかに違った、痛みでひきつるような走り方。でも、どう聞いてもきなこは否定する。ケガくらい誰だってするのに、ここまで必死に隠そうとするのにはなにか理由があるはず。
他の人には言えない理由…例えば、家族にひどく傷付けられた、とか。
「きなこ、ホントのこと教えろ」
だから、言い方。そう思ったけど、きなこはクロと目を合わせて否定した。そのくせ泣きそうなんだから、そんなの嘘だってクロでもわかるよ。
案の定、クロもそれ以上きなこのことを追い詰められなかった。
「じゃあ、お母さん、好き?」
少し変えて聞いたこれには、迷わず頷いた。本当にわかりやすい。
「お父さんは?」
これには首をかしげた。
「父ちゃんいないのか?」
クロが言葉を重ねると頷いた。
「そっか」
「兄弟は?いるのか?」
そうして聞いてわかったことは父親がいない。姉が1人いて、母親と姉が好きってこと。思い出したようにケガのことを聞いたけど、これだけは最後まで否定してた。
「なら家族の人数は一緒だな」
おれはそんな発想になったクロがすごいと思った。たしかにクロのところは両親にクロで、人数は一緒。おれのところよりは、普通。
クロのそういうところは、素直にすごいと思うよ。たまにすごく強引だけど。
「そうだ!俺、きなこにこれやろうと思って持ってきてたんだ!」
急にポケットを漁ってきなこに差し出したのは、個包装されたクッキー。
「家にあったからもってきた!ほら研磨も」
「ありがと」
おれはすぐに開けたけど、きなこはクッキーとクロの顔を交互に見て、その後クッキーを食べるおれを見た。
「嫌いだったか?」
聞かれた意味がわからなかったのか、ちょっとだけ首をかしげた後、すぐに横に振ってから不器用に袋を開けた。落としそうなその手つきに、クロもおれもいつクッキーが落ちても手を出せるように無意識に構えてた。
そんな心配を余所に、クロを見ながら恐る恐るクッキーを口に運んだ次の瞬間、弾かれたようにクロを見上げたきなこがいた。
いままでずっとぼんやりしていた目を大きくしてて、びっくりしたのがよく分かる。
「うまいか?」
そう聞けばきなこは何度も首を縦に振る。
「クッキー、落とす前に食べた方がいいよ」
言われるがままに、きなこは素直にクッキーをかじった。
まるで初めて餌付けに成功したみたいにクロが嬉しそうにしてて、ちょっとおもしろい。
「こっちも食べるか?いらない?なんで?」
「クロの分が、なくなるから?」
「はぁ?いいよそんなの!俺は帰ったらまだあるし、きなこが食べろよ!」
しゃべらないきなこにひたすらしゃべりかけるおれたちは、はたから見たら少しおかしいのかもしれない。
それでも、おれはこれでいいと思った。
「おいしい?」
クッキーひとつで嬉しそうにするきなこを見て、もっと笑ってほしいと思うのは普通なことだよね。だからクロもきなこにクッキーを渡そうと頑張ってるんだ。
だからこそ、こんな小さなことでいままでにないくらいキラキラした顔をするきなこと、袖から見えるアザが不釣り合いで少し悲しくなる。
きっと外から見えないところには、もっとたくさんアザがあるんだろう。
おれのこんな考えなんて、かたっぱしから全部外れてればいいのにと思う。きなこは1言だってしゃべらないのに、全然嘘がつけないくらい素直で、大切なものを守るために痛いのも悲しいのも、全部ひとりで抱えて隠してる。
そんなきなこは、おれと違ってちゃんと幸せになるべきなんだ。
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