シャウラに触れる

「お前最近調子のってるよな」

放課後の校舎の裏は、不思議なことにいつも薄暗くてどこかひんやりとした空気が漂っている。雨が降ったわけでもないのに、湿っぽさすら感じる。だからこそ、こうして薄暗いことを好む人が集まるんだろう。

「そこにいるだけでムカつくんだよねぇ」

今更ちょっと突き飛ばされたくらいじゃ、なにも感じない。どこか湿っている壁も土も、なんとも思わない。

「調子のってるついでに、ちょっとつきあってよ」

それは、これから私に痛いことをするという合図。突き飛ばされて蹴られて引っ張られる。誰がどこからなにをしてるのかわからないけど、断続的に痛みが走る。

私はいままでとなにも変わらないのに、なにがこの人たちの気に障ったんだろう。よくわからないけど、私がなにか機嫌を悪くするようなことをしてしまったんだろう。
ただでさえ、私は生きているだけでみんなに迷惑をかけているのに、知らないうちになにかしてしまったのなら何をされても仕方ない。

「なんなの?あんた、いつもなにも言わないよねぇ」

なにか言っても状況が変わる訳じゃないことを、私はもうずっと前から知ってる。現に、なにも言わなくても飛んでくる手足は止まらない。

痛いのも苦しいのもいつものことだから、いまさらなにをされても大丈夫なのに、怖いことなんてなにもないのに。どうしてかな。あの日から、こんな時に限って2人に会いたくなる。

「たまにはなんか言えよ」

あの辺りは学校の人もいないと思ってたけど、もしかしたら2人と遊んでいるところを見られたのだろうか。それならやっぱり、いつ迷惑をかけてしまう事になるかわからないから、2人と遊ぶのは今後控えた方がいいのかもしれない。

「いい加減あきてきた」
「ね、本当になにしても反応しないんだもん」
「感覚死んでんじゃねぇの?」
「言えてるー」

感覚が死んでるって、どういうことだろう。蹴られて痛む体でぼんやり考えるけど、よくわからない。生きてる意味は特にないけど、死んでも迷惑になるからこうして生きてるだけなんだもん。
先生やみんなが言う未来とか夢とか、そういうのも私にはよく分からない。

「別にお前が来なくなってもいいけど、ねぇちゃんがどうなるか考えろよ」

ああ、そうだ。この人は私と同じでお兄さんがいるんだった。お兄さんも、この人と同じようにお姉ちゃんのことを虐めてるらしい。
私とお姉ちゃんは少しも似てないけど、こういうところはよく似てる。どちらがどちらに似たのかはわからないけど。

「明日も来いよな」

しゃべらない私の返事なんて、初めから誰も求めてない。湿った校舎の裏で消えていく背中を眺めながらあまり機能しない頭で考えるのは、いつもと同じ。お母さん達のこと。
今日は機嫌がいいかな。でもさっき言われたことを考えると、お姉ちゃんの機嫌はきっと悪い。私みたいに痛いことをされてるかもしれないから。

このまま私がいなくなれば、お姉ちゃんは虐められなくなるんだろうか。でも私がいなくなったら、お母さんが悪く言われるようになる。それに、私がいなくなったら誰がお母さん達を助けてあげるんだろう。どうするのが1番いいんだろう。
本当はわかってる。私がいるからみんな迷惑してる。生きる意味もないのに、なんで私が生きてるんだろう。なんで私は生きてるんだろう。その答えはいつだってすぐそばにある気がするのに、今日も見つけられない。

薄暗い校舎裏から、隠れるように学校を出る。そこから向かうのはいつもの川原。
あまり早く帰るとお母さん達の機嫌が悪くなるから、私はもっと暗くなってから帰らないといけない。それに今日はいつもと違う草むらを選ばないと。

なぜならクロとけんまに会わないようにするため。
足の怪我はひとまずよくなったし、聞かれたときにちゃんと否定したから2人にも気付かれてないはず。新しい怪我もほとんどがアザだから、もし見つかったとしてもなんとでもできる。でも、もしも服に蹴られた跡でもあったら言い訳が難しい。

だから私は学校を出るといつもと違う草むらに座り込んで、ゆっくり暗くなっていく川を眺める。
川がキラキラして、鳥が飛んで、たまに魚が跳ねるのを見る。それはいままでとなにもかわらないのに、どこかつまんないものになった。2人に会うまではこんな風に思ったことなんてなかった。ひとりなのも、おなかがすくのも痛いのも、ずっと平気だったのに、ちょっとだけ悲しい感じがする。

そんなことを考えながら川を眺めてたら、ふと「何も知らない2人は、私のことをちゃんと知ったら他の人と同じになるのかな」なんて思った。
私を知った人がそうなるなんていつもと同じ事のはずなのに、何故か鼻の奥が熱くなった。誰になにをされても大丈夫なのに、クロとけんまがみんなと同じになったら、嫌だと思った。痛いことも辛いことも怖いことも全部全部大丈夫なのに、どうしてそんなことを思ったんだろう。

私はどこかおかしくなっちゃったのかな。