エスペランサは闇の中
ここのところ、遊ぶときにやたらと2人が優しい気がする。
初めて会ったときから2人は痛いことをまったくしなかったから、いったいなにが変わったかと言われるとよくわからないけど、でも、とにかく優しい。
「夏はどうする?」
「虫が出るから、どっか別の場所がいい」
「だよなー」
「きなこは、どっかいいとこしらない?」
私も暑いのと寒いのはあんまり得意じゃないから、どこかいいところがあればいいなと思う。
「だよなー」
だけど、私は他の場所に行けないから、どこに行くこともなくずっとここにいる。そんなこと2人には何も伝えてないから知らないはずだけど、こうして私も一緒にと他の場所を探そうとしてくれるのは、少しうれしい。
「クロんちは?」
「あー、そうだなー」
伺うような視線を感じだけど、2人と目を合わせるつもりはない。
クロのお家にもけんまのお家にもいけない。今こうして会って話してる状態さえ危ないのに、私みたいなのが人様のお家に出入りしてるのを見られたら、迷惑をかけるなんてものじゃなくなる。それこそ私と、同じように痛いことをされるようになってしまうかもしれない。
それがわかっているなら、もう2人には会わない方がいいんだと思う。そうするのが1番いいことだと、頭ではちゃんとわかってる。でも、それができないのは、私が2人と一緒にいたいと思ってるから。
私のわがままで、2人には迷惑をかけようとしている。
「どうせほとんど家にいないしな」
「きなこはどうしたい?」
目を合わせないまま首を振った。2人とは一緒にいたいけど、ここを離れるつもりはない。ここから離れたら2人がどうなるか、私がここからいなくなったらどうなるか考えたくもない。
私は、たとえどんなに痛いことをされてもお母さんと一緒にいたい。だってお母さんが好きなんだもん。でも2人とも一緒にいたい。
どっちかしか選べないとわかってるけど、いつの間にか私は両方を欲しがる悪い子になっていたらしい。
「やっぱり俺んち行くか」
立ち上がったクロに続いて、けんまも立ち上がるのを、私はただ見ていた。
2人とは一緒にいたいけど、それでもやっぱりお母さんと一緒にいたい。だから私はいままでと同じようにここにいよう。
「なにしてんだよ。きなこもくるんだよ」
そう思ってたのに、私の手はクロにあっさりと引かれてそのまま立たされてしまった。
「乱暴」
「はぁ?そんなことないだろ」
「いきなり引っ張ったらいたいよ」
これくらいは引っ張ったに入らない。引っ張るって言うのは、もっと痛いことで、たまに腕が動かなくなることを言うんだよ。動かなくなった時は、そのまま動かさなければ痛くないから、全然大丈夫だけど。
「いたかったかきなこ?大丈夫か?」
大丈夫って伝えても、クロはやけに心配そうな顔をしてた。理由がわからない私はただクロを見てたけど、その横でけんまがごそごそしてて、クロには悪いけどそっちの方が気になった。
どうやら着てるものを脱いでるみたいだけど、そんなに暑いかな?
「おれのパーカー貸してあげる」
けんまが着てた服を渡してきたからびっくりした。
私にそれを借りる理由なんてない。それに、私なんかが人のものを借りたらダメにしてしまう。それなのに、クロとけんまにパーカーを頭からかぶせられてしまった。
けんまのパーカーは私には手が出せないほど大きくて、どうみても不恰好。
「ほら、フードもかぶれ」
フードまでかぶったら、誰かわかんないと思う。そう思って初めて気付いた。
もしかしたら誰からもわからなくなることに2人は気付いてて、これを貸してくれたのかもしれないと。これなら、一緒にクロのお家に行っても誰にもバレないかも。
「よーっし、行くぞー!」
私の手を引いてクロが歩き始めるとけんまが反対側にきて、私を真ん中に3人で並んで歩き始める。
「きなこの手ぇつめてぇな」
クロの手はあったかい。
人と手を繋ぐことは初めてのことだ。だから、私の手が他の人より冷たいのかどうかなんて知らなかった。
「クロの手はいつもあついよね」
「そーか?」
けんまの手もあったかいのかな?
そう思ってけんまの手に触ろうとしたら、けんまの手は私の触れないところまで逃げてしまった。
「どーした?」
初めてと言っても差し支えない状況に、少しちょうしに乗ってしまった。
間違えたらいけない。私はいらない子で、他の人と同じだと思ったらいけないんだった。私なんかが触ろうとしたから、けんまに嫌な思いをさせてしまったのかもしれない。
「…なんでもない」
どうやって謝ろう。なんでもないと言ってるけど、謝らないわけにいかない。悪いことをしたら謝らないといけない。だけど、どうやって伝えよう。
そう思ってたら、私の手がけんまの手と繋がれた。
びっくりしてけんまを見ると、怒ってるのとはちょっと違うけど、不機嫌そうな困ったような、そんな顔をしてた。
「…びっくりしただけで、イヤなわけじゃないから」
そっか、びっくりしただけだったんだ。そうだよね。私なんかがいきなり触ったりしたらびっくりするもんね。
けんまもクロも優しいから、本当は繋ぎたくないのに仕方なく繋いでくれてるのかもしれない。それならこのまま繋いでたら怒られるかな。でも、もしかしたら手を離しても怒られるのかもしれない。
どうすることが正解かもわからなくて、私の手は2人に掴まれてるだけの状態になってた。少しでも手を引いたり、躓いたりしたら簡単にほどけるような状態。
それに気付いたのはけんまで、少しだけ繋がれた手に力が込められた。
「別に、おれがしたいからやってるだけだから」
それは痛い程強いわけじゃなくて、不意に離れたりしない程度のもの。
次にクロと繋いでる方にも力が込められた。けんまと比べたらちょっとだけ痛いけど、嫌な痛みじゃない。
「そーそ。俺らがやりたくてやってるだけ」
風が髪とフードを揺らすのが、少しくすぐったい。
2人に少しでも今の気持ちを伝えたくて、私も少しだけ力を入れて手を握り返した。そうしたら、ビックリした顔で振り返って、そのあとは笑ってくれた。
「フード押さえとけ、取れんぞ」
「おれ達が両手繋いでるから無理じゃない?」
「それもそーだ」
ずれたフードはクロが直してくれた。
楽しそうに笑う2人につられて、私も楽しい気持ちになる。今どんな顔をしてるかわからないけど、2人みたいに笑えてたらいいなと思う。
「俺んちついたらなにする?」
「ゲームとか?」
「きなこやったことあるか?え、ない?全然?」
「テレビで見たことない?」
「じゃあ俺がきなこに教えてやるよ」
だけど私は忘れてた。私が普通の人と同じように、なにかを欲しがったりしたらいけなかったんだ。
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