「アリコ、なにぼーっとしてんの?」
『…は?え?』
呼ばれた声に周りを見ると、そこは見慣れたカラオケの一室。20年近く連れ添ってきた名前はいつも呼ばれてるもののはずなのに、何故か今日は違和感を覚えた。
「なにー、もしかしてアリコ寝ぼけてる?」
まるで、私と世界の間に透明なフィルターを1枚挟んでいるような、妙な違和感。
「アリコカラオケくると途中から超眠そうにしてるもんね」
『うっせ』
いつも通り検索くんで曲を探すけど、なんかひっかかる。
履歴を見る限り、ある程度の時間ここにいるはずなんだけど、記憶が曖昧で直前に自分が何を歌ったかすら全く思い出せない。ついでにみんなが何を歌ってたのかも思い出せない。
リベンジにならないように気を付けながら、朧気な記憶を手繰り寄せて曲を探す。
「アリスはやくいれてよー」
『え?』
その名前に、また違和感。
「あ、これ嫌いだったっけ…?」
『んや、慣れてるからいいよ』
そう、慣れてる。
私の名前は昔から呼び間違いが多かった。訂正するとすぐに覚えてもらえるのは便利だけど、いちいち訂正するのも面倒だなとずっと思ってた。
「絶対アリスの方があってるもん。もうアリスに改名しちゃったら?」
そう思ってた時、今更どっちの名前で呼ばれても、それほど気にする事でもないんじゃないかとふと気付いた。
要するに、それが私を示す名前だと私が認識できればいいってこと。
『それはめんどい』
それにしてもいつからこの呼び名に慣れたんだっけ?たぶん随分昔からだと思うけど、私に似つかわしくない可愛すぎる名前はあんまり好きじゃなかったような気がする。
「理由がアリコっぽい」
りりも訂正したら一応やめてくれたけど、たまに間違えて呼んだりして。私が呼び名のことを諦めたと気付くと、周りも注意をやめて、たまに便乗してくることだってある。
文化祭で私メインにしようとしたことだけは絶対に忘れない。もちろん全力で回避したけど、あの時の事は絶対に忘れない。
でも、そうだな。最近はアリスって呼ばれてばっかりだったような気がする。
「ほらアリコ」
いつの間にか回ってきたマイク。
マイクを握っても、声を出しても、妙な違和感は拭えない。どことなくぼんやりしてる気がする。まるで水の中から世界を見ているような、何処か遠いところに心を置き忘れているような、とにかく妙な感覚。
りりのハイテンションな曲、かずのちょっとカッコいい曲、ちりの広い音域を活かしたバラード。
やっぱり変だ。みんなの選曲は概ねいつものものと同じはず。それが妙に懐かしく感じる。
「あれ?アリコいつから英語歌えるようになったの?」
『え?』
「悪い意味じゃなくて、発音がめっちゃ綺麗になってたから」
いや、いつもと同じだと思いますよ?小テストだって散々だったし。
「隠れて英語の特訓とかされたらムカつくー」
『特になにもしてないけど…』
「とか言ってー。テスト前にちゃんと勉強してる人の言い訳ー」
ああ、それはある。あれホントムカつくよなぁ。やってんじゃん!ってなる。
でも断じてなにもしてない!嘘じゃない!
なんて騒ぐのもいつものこと。
「もう時間だって」
「えー!」
「ほら、駄々こねないの」
『行くぞー』
「はぁい」
時間が足りないとりりが駄々をこねるのもいつもと同じ。
少しでも長く遊びたいって言う主張とわかってるから誰も怒らないし、りりも無理なことは言わない。
「この後どうする?」
「駄弁る?」
「そうしよ!りりまだ帰りたくないもーん」
忘れ物がないかざっと確認して1階の受付まで降りようとしたけど、エレベーターに張り紙がされていた。
「なんか、今エレベーター動かないみたいよ?」
『じゃあ階段か』
いやいや、エレベーター動いとけよ。降りるのはいいけど、昇るのなんて絶対やだよ。疲れるもん。おばあちゃん達は降りるのも困るだろうから、早く直した方がいいと思う。
「はやく出よー?」
りりはもうこれから行くだろうファミレスの事で頭がいっぱいなんだろう。季節限定デザートが切り替わったとか、今ハンバーグが安い期間だとか、止まる事なくりりの声で紡ぎ出される。
「りり!」
どこか遠いところから聞こえてくるテンションの高い声の後。ぐしゃりと、固く柔らかいものの潰れる音が妙にリアルに感じた。
辺りには悲鳴、悲鳴悲鳴…
「アリコ!あんたなんで!」
漸くフィルターが外れてクリアに聞こえるようになったと思ったら、いきなり罵られた。
『は?』
「どうしてりりの事突き落としたのよ!」
ぽかんとしてたら、どうやら私がりりを殺したことになってるらしいとわかった。踊り場にはりりが血を流して倒れてる。
1番後ろにいたんだからどう考えても私には無理だろ…いや、こんなものは言った者勝ちか。
「この人殺し!」
自分が罪を負わない為に、誰よりも早く他の誰かを糾弾する。
そうだよね。誰も好んで人殺しにはなりたくないだろうよ。それくらいはわかる。しかし、手を下したならばその責任はきちんと負わなきゃならんよ。
「りりを返してよ!この人殺し!」
つーかうるさい。
それ以外になんかないのかよ。バカの一つ覚えのように繰り返してつまんない。どこかの誰かさんはとても豊富なボキャブラリーで罵ってくれたよ。それが誰かは思い出せないけど。
「人殺し!」
身に覚えのない罪ほど重苦しいものも、そうないだろうな。本人よりも、真偽の定かでない噂ばかりを信じる世間。メディアはそれを面白おかしく囃し立てる。誰もなにも信じやしない、酷くからっぽな世界。
こんなこと、もう2度とないと思ってた。ちゃんと友達だと思ってた。
「あんたが死ねばいいんだ!」
だけど、それは私の思い込みだったらしい。ちゃんと私を理解してくれていたと思っていたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。そうじゃなきゃ、こんなこと考えられない。考えたくもない。
「人殺しは死ね!」
それか、今目の前で起きている全てが嘘であるか。嘘ならそれでいい。それがいい。例え目の前の姿が真実だとしても、今まで過ごした時間は嘘にはならない。
だけどな、これだけは言わせてもらいたい。
どいつもこいつも自分の事ばっかりで、正直疲れるんだよ。他人なんてどうでもいいと思っているなら、一層のこと誰とも関わらなければいいだろう。私も関わりを持とうとすら思わないから、もう2度と私に関わらないでくれ。
私の言葉よりも、世界に蔓延る嘘ばかりを信じると言うのなら、
『もう誰も私に関わるな!!』
『…は?え?』
呼ばれた声に周りを見ると、そこは見慣れたカラオケの一室。20年近く連れ添ってきた名前はいつも呼ばれてるもののはずなのに、何故か今日は違和感を覚えた。
「なにー、もしかしてアリコ寝ぼけてる?」
まるで、私と世界の間に透明なフィルターを1枚挟んでいるような、妙な違和感。
「アリコカラオケくると途中から超眠そうにしてるもんね」
『うっせ』
いつも通り検索くんで曲を探すけど、なんかひっかかる。
履歴を見る限り、ある程度の時間ここにいるはずなんだけど、記憶が曖昧で直前に自分が何を歌ったかすら全く思い出せない。ついでにみんなが何を歌ってたのかも思い出せない。
リベンジにならないように気を付けながら、朧気な記憶を手繰り寄せて曲を探す。
「アリスはやくいれてよー」
『え?』
その名前に、また違和感。
「あ、これ嫌いだったっけ…?」
『んや、慣れてるからいいよ』
そう、慣れてる。
私の名前は昔から呼び間違いが多かった。訂正するとすぐに覚えてもらえるのは便利だけど、いちいち訂正するのも面倒だなとずっと思ってた。
「絶対アリスの方があってるもん。もうアリスに改名しちゃったら?」
そう思ってた時、今更どっちの名前で呼ばれても、それほど気にする事でもないんじゃないかとふと気付いた。
要するに、それが私を示す名前だと私が認識できればいいってこと。
『それはめんどい』
それにしてもいつからこの呼び名に慣れたんだっけ?たぶん随分昔からだと思うけど、私に似つかわしくない可愛すぎる名前はあんまり好きじゃなかったような気がする。
「理由がアリコっぽい」
りりも訂正したら一応やめてくれたけど、たまに間違えて呼んだりして。私が呼び名のことを諦めたと気付くと、周りも注意をやめて、たまに便乗してくることだってある。
文化祭で私メインにしようとしたことだけは絶対に忘れない。もちろん全力で回避したけど、あの時の事は絶対に忘れない。
でも、そうだな。最近はアリスって呼ばれてばっかりだったような気がする。
「ほらアリコ」
いつの間にか回ってきたマイク。
マイクを握っても、声を出しても、妙な違和感は拭えない。どことなくぼんやりしてる気がする。まるで水の中から世界を見ているような、何処か遠いところに心を置き忘れているような、とにかく妙な感覚。
りりのハイテンションな曲、かずのちょっとカッコいい曲、ちりの広い音域を活かしたバラード。
やっぱり変だ。みんなの選曲は概ねいつものものと同じはず。それが妙に懐かしく感じる。
「あれ?アリコいつから英語歌えるようになったの?」
『え?』
「悪い意味じゃなくて、発音がめっちゃ綺麗になってたから」
いや、いつもと同じだと思いますよ?小テストだって散々だったし。
「隠れて英語の特訓とかされたらムカつくー」
『特になにもしてないけど…』
「とか言ってー。テスト前にちゃんと勉強してる人の言い訳ー」
ああ、それはある。あれホントムカつくよなぁ。やってんじゃん!ってなる。
でも断じてなにもしてない!嘘じゃない!
なんて騒ぐのもいつものこと。
「もう時間だって」
「えー!」
「ほら、駄々こねないの」
『行くぞー』
「はぁい」
時間が足りないとりりが駄々をこねるのもいつもと同じ。
少しでも長く遊びたいって言う主張とわかってるから誰も怒らないし、りりも無理なことは言わない。
「この後どうする?」
「駄弁る?」
「そうしよ!りりまだ帰りたくないもーん」
忘れ物がないかざっと確認して1階の受付まで降りようとしたけど、エレベーターに張り紙がされていた。
「なんか、今エレベーター動かないみたいよ?」
『じゃあ階段か』
いやいや、エレベーター動いとけよ。降りるのはいいけど、昇るのなんて絶対やだよ。疲れるもん。おばあちゃん達は降りるのも困るだろうから、早く直した方がいいと思う。
「はやく出よー?」
りりはもうこれから行くだろうファミレスの事で頭がいっぱいなんだろう。季節限定デザートが切り替わったとか、今ハンバーグが安い期間だとか、止まる事なくりりの声で紡ぎ出される。
「りり!」
どこか遠いところから聞こえてくるテンションの高い声の後。ぐしゃりと、固く柔らかいものの潰れる音が妙にリアルに感じた。
辺りには悲鳴、悲鳴悲鳴…
「アリコ!あんたなんで!」
漸くフィルターが外れてクリアに聞こえるようになったと思ったら、いきなり罵られた。
『は?』
「どうしてりりの事突き落としたのよ!」
ぽかんとしてたら、どうやら私がりりを殺したことになってるらしいとわかった。踊り場にはりりが血を流して倒れてる。
1番後ろにいたんだからどう考えても私には無理だろ…いや、こんなものは言った者勝ちか。
「この人殺し!」
自分が罪を負わない為に、誰よりも早く他の誰かを糾弾する。
そうだよね。誰も好んで人殺しにはなりたくないだろうよ。それくらいはわかる。しかし、手を下したならばその責任はきちんと負わなきゃならんよ。
「りりを返してよ!この人殺し!」
つーかうるさい。
それ以外になんかないのかよ。バカの一つ覚えのように繰り返してつまんない。どこかの誰かさんはとても豊富なボキャブラリーで罵ってくれたよ。それが誰かは思い出せないけど。
「人殺し!」
身に覚えのない罪ほど重苦しいものも、そうないだろうな。本人よりも、真偽の定かでない噂ばかりを信じる世間。メディアはそれを面白おかしく囃し立てる。誰もなにも信じやしない、酷くからっぽな世界。
こんなこと、もう2度とないと思ってた。ちゃんと友達だと思ってた。
「あんたが死ねばいいんだ!」
だけど、それは私の思い込みだったらしい。ちゃんと私を理解してくれていたと思っていたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。そうじゃなきゃ、こんなこと考えられない。考えたくもない。
「人殺しは死ね!」
それか、今目の前で起きている全てが嘘であるか。嘘ならそれでいい。それがいい。例え目の前の姿が真実だとしても、今まで過ごした時間は嘘にはならない。
だけどな、これだけは言わせてもらいたい。
どいつもこいつも自分の事ばっかりで、正直疲れるんだよ。他人なんてどうでもいいと思っているなら、一層のこと誰とも関わらなければいいだろう。私も関わりを持とうとすら思わないから、もう2度と私に関わらないでくれ。
私の言葉よりも、世界に蔓延る嘘ばかりを信じると言うのなら、
『もう誰も私に関わるな!!』